ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。

ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。



ゲスト:はやしろみ
看護学校卒業後、地元奈良県のグループ病院に入職。半年後に体調を崩して休職し、退職する。その後、整形外科クリニックや産科病院などで勤務。その間に結婚・出産・育児もあり、イラストレーターとして下積み兼業期間を経て2018年に独立。現在は医療看護系、解剖図などのイラストをメインに、保育士など子ども関連のイラストも手がける。

インタビュアー:白石弓夏
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。

頑張りすぎてしまった新卒時代、クリニックで新たなスタート

白石:
はやしさん、お久しぶりです。数年前に看護師の資格を活かして別の仕事をされている方の取材以来かもしれないですね。はやしさんは今イラストレーターとして専業で働かれていますが、看護師として病院やクリニックなどで働かれていた時期もあるんですよね。その頃のことを教えていただけますか。

はやし:
ありがとうございます。看護学校卒業後は、近所の大病院の整形外科と耳鼻科の混合病棟に就職しました。そこである程度働けば、どこでもやっていけるやろうと思っていたんです。ただ、入職して半年ほど経った頃に体調を崩してしまいました。職場の雰囲気は悪くなかったし、自分としても頑張っていたつもりでした。でも、徐々に眠れなくなったり、食欲がなくなったり、気づいたらずっと泣いているような状態で。休みの日にも、モニターのアラーム音や救急車のサイレンが耳鳴りのように聞こえるようになってしまいました。もうこれは休もうかなと思い、休職しました。

私が休職したことに、職場の人たちもびっくりしていました。仕事も勉強も、同期のなかでも一生懸命やっていると言われていたので。でも、頑張りすぎたんでしょうね。それで休職してからしばらくして、戻ろうと思っても動悸がするし、汗もかくし、頭が真っ白になって動けなくなることが増えていき、結果退職することになりました。こうしたことは、休職する前にも少しあって。これでは患者さんのことが見られない状態だったので、休職する直前は自分でもこの状態は危ない、大丈夫なのかと思いながら働いていました。

白石:
最初の半年でそのようなことがあったんですね。それから休職して、次に整形外科クリニックで働くようになったんですね。

はやし:
はい。半年ほど休職・退職した後、近所のクリニックにお手伝いのような形で行っていた時期もありました。でも、そこの院長が適当な感じだったので、経歴としてはあまりカウントしていません。その後働いた整形外科クリニックはすごくいいところで、院長は少しスパルタだけど優しいおじいちゃん先生でした。ミスをすると頭をはたかれることもありましたが(笑)、暇なときはお菓子をくれて雑談して、楽しく過ごしていました。

クリニックといっても、ちょっとした手術や救急車の受け入れも行っていたので、いろいろと教えてもらい、育ててもらいました。おばちゃん看護師も多くて、かわいがってもらいましたね。そこで3年ぐらい働いていたと思います。最後は、院長先生がご病気で亡くなられてしまい、閉院しちゃったんです。

白石:
クリニックだとそういうこともありますよね。院長が倒れても、後を継ぐ先生がいないと。

はやし:
そうなんです。そのとき、ちょうど結婚して出産も続いたので、しばらくは家にいました。でも、少し落ち着いてくると、お金を稼がないといけなくなって。近所の個人病院で外来のパートをはじめましたが、人間関係が良くなく、上司とも折り合いが悪くて……。3人目の妊娠を機に辞めました。出産後に次の仕事はどうしようかなと思っていたところで乳腺炎になってしまい、かかりつけの産科で助産師さんに人手がいないと声をかけられて、そのまま働くことになりました。

産科の経験はまったくなかったんですけど、3回出産していたので母親の気持ちや病院の様子はわかっていました。地元だったので、知り合いの人も来院しましたし、赤ちゃんはかわいいし。その子が大きくなって朝登校している様子をみると、「あなたが生まれたとき、私が沐浴したんだよ」と心のなかで思ったりしてね。お母さんたちと助け合いながら、2年ほど楽しく働きました。

でも、そこの個人病院も少子化で経営が傾いてきて、勝手にシフトを減らされるようになり……。当時はイラストの仕事も軌道に乗ってきたので、下の子が小学1年生になる頃に産科を辞めました。看護師としての経歴はこんな感じです。

現場の緊張感が抜けない状態が続き、あるとき緊張の糸が切れて

白石:
新卒のときにしんどくなってしまって、休職や退職する看護師さんの話はこれまでも何度か聞いたことがあるんですけど、みなさんなにかこれといった理由が思い当たる人が多い印象がありまして。だけど、はやしさんの場合にはそれがはっきりとはなかったイメージなんでしょうか。

はやし:
いや、今振り返るとあったと思うんですよね。誰に対しても過干渉で高圧的な先輩がいて、苦手でした。あと、現場の緊張感が家に帰ってもずっと抜けない状態が続いていました。このままだと大きなアクシデントを起こしてしまうかもと思うと、手が震えたり、普段はできて当たり前のことでも失敗したりしました。点滴の準備中に不潔にしてしまって、先輩に「なんでこんなことしたの」と聞かれても、自分でもわからない状態でしたから。そのときはもうパニックになっていました。

白石:
はやしさんがその緊張を感じるのって、今振り返ってみると特にどんな場面だったんでしょうか。

はやし:
先輩やリーダーに報告するときは常に緊張していて、たとえば夜勤で大量の薬を持参して入院してきた患者さんがいて、それをまとめて申し送りしなければならなかったのに、なかなかうまく言えずに「それさっきも聞いたけど」と怒られてしまったこともありました。その場はなんとか周りの先輩からフォローしてもらえましたが、自分の緊張の糸が切れてしまい、もう無理だなと感じました。

白石:
つまり、ひとりで抱える患者さんの情報量が多すぎてしんどくなってしまうということでしょうか。

はやし:
そうだと思います。特に夜勤がしんどかったですね。夜勤で眠れないのもあるし、生活リズムが保てずにダメでした。たぶん、私はすべて把握していないと不安で、考えなくてもいいところまで考えすぎてしまうというか、箱が広すぎて優劣がつけられなかったのかもしれません。結局、その後クリニックで働くなかでも眠れなくなったり、食欲がなくなったり似たような状態になって、心療内科を受診したところ「適応障害を起こしている」と毎回言われていました。

看護の現場は向いていないのかもしれないと思いましたね。人とかかわる仕事は嫌いではないけど、現場でストレスがたまってくると2年ほどで限界が来てしまうようです。

白石:
その後も似たような状態があったんですね。

はやし:
実は学生時代にも同じような状態になったことがあり、座学や基礎実習の単位を取り終わったタイミングで休学しているんです。そのときは、実習でクラスの雰囲気がギスギスしていて、学校に行くのがしんどくなってしまいました。その後はひとつ下の学年の子と一緒に実習に行って、あと1年で終わる、資格が取れるという目標があったので、力技で切り抜けた感じでした。

その点、クリニックはまだ向いていたと思います。重症の患者さんは来ないですし、扱う薬品も病院ほど多くありません。自分が把握できる範囲で患者さんとかかわることができる仕事でした。時間も区切られていて、そこだけ集中すれば、あとは家に帰ってオフにできましたから。

白石:
最初の病院を休職・退職されたり、クリニックで人間関係や経営問題で転職されたタイミングでは、誰かに相談されたりしたんでしょうか。はやしさんのなかではそのことをどう捉えていたのでしょうか。

はやし:
かかっていた心療内科の先生にも、最後産科で働いていたときには「辞められるんだったら離れたほうがいい。あなたは子どもも育てなきゃいけないし、家庭もあるんだから」と言われて、私もそうだよなと思いました。

あと、母親がクリニックの看護師なんですよ。だから、クリニックで働くのは普通のことだと思っていました。当時は母親にも何度か相談しましたけど、それでも、私自身がやりたいと思った通りにしかやらないと知っているので、母親には「穏やかに辞めなさい」と言われていました。「もうやってられないから辞めます」と先生に喧嘩を売るようなことはしちゃダメだと(笑)。

本当に、やりたいことを決めたらひとりで勝手に進めていくタイプだと思います。相談といっても自分である程度決めてから言うので、事後報告ですね。さすがに1年目で辞めるときは、「3年は頑張ってよ」と母親に言われましたが、でもなんとかなると思っていました。看護師の資格は持っていればどこでも活かせるから、活かし方は自分次第だと考えています。

好きなことはその後にやればいい、イラストレーターとして独立までの10年

白石:
なるほど、その話でいうと、イラストのお仕事はやりたいから仕事にすると決めたと。仕事をはじめたきっかけはなんだったんでしょうか。

はやし:
絵を描くのはずっと好きだったので、高校の進路を決める際、絵を描くか看護師か迷いました。そのとき、母親に「国家資格は持っていると強いから。絶対に自分の身を助けるから、好きなことはその後にやればいい」とアドバイスされ、私もそのとおりだと思って決めました。昔は好きな女の子の絵を描いたり、アニメの絵を描いたりしていました。看護学生の頃も、授業で理解できない部分は図で描き直して覚えていました。こんなことを仕事にできたらいいなと常に思っていましたね。

とはいっても、イラストレーターになりたいと思いつつも、看護師として働きながら最初は年賀状やポストカードのコンテストに応募したり、企画展に出品したりと、独立するまで10年ほど気ままにやっていました。イラストってすぐお仕事になるわけじゃないので、自分のカラーやタッチを作り上げていかないといけないんですよね。

そうするうちに医療系のイラストがたまってきた頃に、メディカ出版さんから雑誌「消化器ナーシング」の制作を依頼されて描いたのが今の仕事の大きなスタートでした。そこで、医療系に絞れば看護師の経験や資格を活かせると気づきました。元々人の役に立ちたい気持ちもあって。なにを活かして、なにを捨てるかを考えて、医療系のイラストなら好きだし自分のできることでもあると考え、医療系9割、保育系1割という今の仕事のスタイルになりました。

白石:
今、なにを活かして、なにを捨てるかという話がありましたが、捨てる側にはどんなものがあったんですか。

はやし:
ゴスロリとかアンダーグラウンド系のかわいいイラストですね。その界隈には神絵師さんがいっぱいいるので、とてもじゃないけど太刀打ちできない。それに、やりたい仕事が具体的に考えられなかったんです。医療系なら、こういうシーンで役立ちたい、こういう雑誌の企画をしたいと思い浮かびましたが、仕事の絵と趣味の絵は別物だと、折り合いをつけるようになったのもその頃ですね。

白石:
ちなみに一般的なかわいいイラストと、医療系のイラストでは、はやしさんにとって描くときの違いはあるんですか。

はやし:
メディカルイラストって、結局正解があるんですよね。参考資料の見本やアトラスの解剖図の本など何冊も徹底的に調べて見比べて、自分の画風に落とし込むことをしています。こういう場面だと看護師さんにわかりやすいだろうか、という点を意識しながら描いています。私はあまりリアルなイラストは得意ではないので、デフォルメ強めですがわかりやすくて正確な絵が描ければいいなと考えています。

臨床にまったく未練がないわけでは……ないけれど

白石:
それではこちらから質問のカードを1枚選んでください。

はやし:
じゃあ一番手前のカードで。

白石:
「これだけはやりたくないことはなんですか」ですね。

はやし:
え、やりたいことばかり書いてあるメモを準備していました、どうしよう(笑)。やりたくないこと……なんだろう。いっぱいあるはずだけど、急に出てこないもんですね。あ、でも臨床には戻りたくない、ですかね。

白石:
クリニックなども含めて、医療機関や医療行為全般ということですか。

はやし:
そうですね。手が震えて怖いと感じると思います。子どもの注射で身体を抑えたり、患者さんの身体を拭いたりする程度ならできますが、自分で責任を持って医療行為を行う、その判断をするのは無理ですね。

白石:
それは独立して専業となった5~6年の期間が経ってしまったからでしょうか。それとも最後に辞めるときにそう思われたのでしょうか。

はやし:
最後に辞めたときは、また戻る機会があれば、やればいいと思っていました。それから、5~6年経って当時のことを振り返ると、向いていない臨床でよく頑張っていたなという気持ちのほうが強くなっています。

ただ、患者さんやご家族から「優しい看護師さんでうれしい」と言われたこともありました。また、産科で知り合いのママさんが来院した際、デリケートなことなので知り合いがいると嫌だろうと思いながらも介助に入りました。ところが、鎮静剤で意識がなくなる前に「はやしさんがいてよかった」と言ってくれたのが印象に残っています。一緒に働いた助産師さんにも「あなたは産科に向いているよ」と言われたこともあって……。

臨床にまったく未練がないわけでは……ないけれど、自分の健康や患者さんの安全と家族と天秤にかけたときに、今の私は臨床にいないほうが適切な距離感なのだと思います。

白石:
イラストの仕事で、正解があるというお話がありましたが、臨床を離れていると正解がわかりづらくなるのでは、戻るという選択もあるのかなと気になったんですよね。

はやし:
臨床に戻っても、正職員として働くだけの体力も気力も自信もないですからね。夫も看護師ですし、母親や友人から現場の話を聞くことはできます。それに、今のほうが仕事は忙しく、両立が難しいという状況もあります。収入面でも、パートで入るよりも自営業で働いているほうが安定していますね。

白石:
なるほど。先ほど、やりたいことがいっぱいあると言っていましたが、人によってはやりたいことがわからない人もいるかもしれないと思いました。

はやし:
たしかに、母親にも「あなたみたいにやりたいことがある人間ばかりじゃない」と言われたことがありました。小さい頃から、やりたくないことは徹底的にできず、先生にもあきれられたことがあります。あるときは委員決めで「これだけはやりたくない」とじゃんけんで負けたのに泣いたこともありました。その反面、やりたいことは常にたくさんあって、具体的にあれこれ挙げられるんです。みんなやりたいことがあるけど、我慢して頑張っているんだと思っていたので。母親に「そんなにみんながみんな、やりたいことがあるわけじゃなくて、目の前のことを一生懸命やることで頑張っている人もいる」と言われて、夫にも同じように驚かれましたね。

白石:
私はそのタイプかもしれないですね、特別大きくやりたいことがあるわけではなく、目の前のことを一生懸命やるなかでやりたいことが出てくるタイプなので、やりたいこと、目標にしていることとかはすごくふわっとしていると思います。

はやし:
そうなんですね、だから私はやりたくないことのほうがぼんやりしているかもしれないです。

やりたいこと、続けていけばいつかはできる、チャンスを逃さない

白石:
ちなみに、メモしてきたやりたいことのなかで最初に書き出したものってなんだったんですか。

はやし:
自分の本を作ってみたいですね。解剖の簡単なわかりやすい本とか、オリジナルキャラクターの内臓ちゃんを使った本を作りたいと思っています。まだ具体的なものはできていませんが。あと、台湾に行って現地のスイーツを食べたり、鉱石を集めるのが趣味なのであちこち拾いに行ったりしたいです。そういう日常的に湧いて出てくるものをぽんぽんとメモしています。チャンスが巡ってきたら逃がさないようにしています。

私は、続けていけばいつかはできるだろう、チャンスが来たら逃さずにいれば夢は叶うと思っているところがあります。だから、たくさんの夢や目標をずっと自分の心のなかに抱えています。満足するとそれらは消えてしまうこともあるんですけど。あ……もしかしたら、看護師の仕事は一旦満足してしまったのかもしれませんね。でも、夢や目標に関しては、基本的には子どもや家族は巻き込まないつもりです。

白石:
今のお話を聞いて気になったんですが、イラストレーターになるタイミングで、やりたいことを続けていく覚悟のようなものは強く持っていたんですか。

はやし:
覚悟というよりは、これはすべて自分の責任であり、自分のやりたいことでしんどいこともうれしいこともすべて自分のものだという気持ちがあります。臨床のときは自分が背負わなくてもいいものまで背負って、責任が大きく重すぎました。今は自分が背負えるだけを背負い、失敗したらそれも自分のせいだと考えながら仕事をしていますね。

白石:
なるほど。それでは最後の質問です。「後輩の看護師に伝えたいことはなんですか」

はやし:
夢や目標をたくさん持ってほしいですね。たとえば、なにか勉強したなかで、経験したなかで「こんな患者さんを見てみたい」「こんな看護ができるようになりたい」と思うことが少なからずあると思います。そういう小さなことを考えながら働くと、だんだんと自分がなりたい看護師に近づけると思います。

仕事に限らず、日常的にもやりたいことを思い出して考えると楽しいはずです。反対に、やりたいことがない、なくても平気という人もいると思うので、それはそのほうが楽なのかもしれません。ただし、無気力になにもしたくないのとは違うと思うので、そこは気をつけたいですね。

やりたいことをたくさん持っている人は、ちゃんと持ち続けること。そのために具体的になにをするか手順を立てて動けば、チャンスが来たときに必ずつかめますから。本当にやりたいことなら、腐らずに覚悟を持ってやり続けることが大切ですよね。その覚悟を支えるのは自信で、基礎の勉強や経験を積んで自信をつけていくしかありません。そして、自分の言動に責任を持つということですね。ちょっと厳しい話をしてしまいましたが。

白石:
はやしさんがその腐らずにポジティブにいろんなことを受け止める、そのエネルギーはどこから来るんでしょうか。

はやし:
努力だと思っていないかもしれません。それはやりたいと思い続けてきた人と、なんとなくやっている人との違いですよね。好きなこと、努力を努力と思っていない人には勝てないと思うんです。私もかつて好きなジャンルの絵で挫折して、こんなに頑張っているのに……と、できないことはあきらめる選択をしました。でも、自分のなかで好きなこと、努力を努力と思わないでできることを考え続けて、今に至っていますね。

白石:
たしかに、努力を努力と思っていない人には勝てないという感覚、めちゃくちゃよくわかります。私もイラストレーターさんと同じような境遇で仕事をしている身なので。その挫折もあって、自分のやりたいこと、好きなこと、できること……に、はやしさんは気づいていったんですね。今日はありがとうございました!

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インタビュアー・白石弓夏さんの著書



Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~

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私もエールをもらった10人のストーリー


今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。 さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。

目次


◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏

発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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