透析医療と災害対策

近年、全国各地で地震・水害・豪雪などのあらゆる自然災害が私たちに襲いかかってきています。その禍中においても透析医療は止めることができないため、私たち医療従事者には災害の規模を迅速に判断し、対処する知識と能力が求められます。災害の備えについての考え方は、「自助」、「共助」、「公助」の3 つに分けることができます。患者を主体とした場合には、自助は患者自身、共助は地域やコミュニティーといった周囲の人たちが協力して助け合うことをいいます。そして、市区町村や消防、県や警察、自衛隊といった公的機関による救助・援助が公助です。また、施設を主体とした場合には、自助は自施設、共助は近隣医療施設、公助は行政からの支援です。
災害規模が大きくなるほど、自助と共助の占める割合も大きくなるとされています。そのため、日ごろから自施設での災害対策や近隣の医療施設との連携をとっていくことが、災害発生時の迅速な対応につながります。また、透析医療は安定した水と電気の供給が保証されてはじめて成立する医療であることも忘れてはなりません。本稿では、「平時からの準備」をキーワードに臨床工学技士の立場から、自助と共助の割合を増やし、災害に備えた患者指導を行う方法について説明します。

自施設での災害対策

災害に対する取り組みは、自助である透析室内の災害対策の確立が土台となります。共助の部分である近隣医療施設との連携に関しても、まずは自施設での「平時からの準備」がもっとも重要であり、患者指導を行ううえでも留意しなければなりません。具体的に平時から私たちができる準備として、もっとも身近に考えられるのは「災害対策マニュアル」の作成です。各施設で災害対策マニュアルを作成し、活用していると思います。しかし、近年のように複合化した災害では、これまで以上に実用可能な防災、減災計画が必要です。また、取り巻く環境も変化していくため、そのときに適したマニュアルの構築が必要となり、一定期間での内容の更新が大切です。これは患者への指導も同様で、過去の災害からの学びを追加して、指導内容を更新していくことが重要です。表に、患者指導内容を例として提示するので、参考にしてください。

近隣医療施設との連携

災害発生時には、まず自施設の被害状況を把握し、透析治療が継続可能かどうかの判断を行います。治療継続が困難な場合には、その情報を施設内で共有し集約することが求められます。また、それをもとにライフラインの復旧のめどや避難所の状況、公的支援・公共施設の情報を考慮したうえで、近隣施設との情報共有を行い、透析治療の継続を図る必要があります。このような情報の集約と共有の枠組みを平時から構築できる体制をととのえることで、災害時に速やかな対応が可能となります。そのためには、自施設内、近隣の医療施設や各医療圏での連携、さらには都道府県レベル、全国レベルと段階的に情報の集約および共有を行わなければなりません。全国規模での情報共有システムとして、「日本透析医会 災害時情報ネットワーク」の災害時情報伝達・集計専用ページが構築されています。
また、新たなシステムの取り組みとして、東京都においてはDIEMAS(dialysis information in emergency mapping system)を立ち上げ、運用を行っています(図)。DIEMAS ではGoogleマップを利用して地図上に各施設を表示し、文字情報のリストからはわかりづらい各施設間の距離や交通経路などの情報を得ることができます。患者のなかには、災害時に透析治療が行えない「透析難民」になるのではないかと不安を抱えている人も少なくありません。このような情報共有システムが発展し、透析難民を出さないための対策が行われているという情報を患者に伝えることも重要です。そのためには、まず平時からの共助の枠組みの構築が求められるので、近隣医療施設との「顔の見える関係性」の構築が災害時に透析難民を出さないための第一歩だと考えます。

先人たちの経験

先人たちは多くの災害の経験から、私たちに対応策の鍵を残してくれています。この鍵を活かし、来るべき大災害に備えた患者指導などを行う必要があります。次の「Column」と「災害対策パンフレット」では、先人たちの経験を踏まえた内容を紹介します。

column ~「防災」って他人事?~
災害大国である日本での防災は重要であるとわかっていても、実際に行動に移せない人が 多いのではないでしょうか? 災害のニュースなどが流れると、「防災」への意識は一時的に高まりますが、継続して自分事として考え、行動に移せる人はごくわずかだと思います。その要因の一つとして、地震・水害・豪雪などのあらゆる自然災害があるなかで、防災について何から手をつけたらよいのかわからないという点が挙げられます。すべての災害に対策を講じるのは大きな負担となるため、対策をあきらめてしまい、他人事のように「周りが何とかしてくれるのでは?」という気持ちをもつ人も少なくありません。
近年では過去の大規模災害から、テレビやラジオで災害時などに「ただちに命を守る行動をとってください!」と強い口調で避難や安全確保を呼びかけるようになってきています。災害時には、まず自分で自分の命を守ることが第一であり、他人に頼るのはむずかしい状況です。「他人事」だと考えがちな災害を「自分事」にするためには、日ごろから防災情報や自然災害の兆候を捉えて油断せず、早めの安全確保が大切です。例えば、皆さんは携帯電話などで通知が届く「緊急地震速報」に、どのように対応していますか? 「また緊急地震速報が届いた?」「地震かな?」などの危機感のない反応をしている人も少なくないと思います。本来であれば、緊急性が高い通知なので敏感に反応し、身を守る体勢をとることが重要です。防災を「他人事」ではなく「自分事」に変えるためにも、日々の生活からできることを見直してみてください。

【参考文献】
1) 東京都透析医会ホームページ.DIEMAS,(https://diemas.jp/DIEMAS/map_facility,2022 年6 月閲覧).
2) 東日本大震災学術調査ワーキンググループ.東日本大震災学術調査報告書:災害時透析医療展開への提言.東京,医学図書出版株式会社,2013,268p.
3) 赤塚東司雄ほか.熊本地震の記憶:全県に透析施設に実施したアンケート調査から.日本透析医学会雑誌.31,2016,547—86.
4) 花房規男.災害時透析医療連携:透析医療における災害時に向けて地域医療連携体制.腎と透析.91(2),2021,235—9.
5) 赤塚東司雄.透析施設での災害対策:透析室における災害対策.前揭書3),209—17.


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岡本裕美
東邦大学医療センター大橋病院臨床工学部副技師長

透析と移植の医療・看護専門誌

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