はじめに

近年、地震や津波の被害に加え、豪雨や台風、竜巻などの自然災害が多発しています。自然災害はいつ起こるかわかりません。大きな災害では停電や断水などによってライフラインが機能しなくなるだけでなく、透析施設が使用できなくなることも考えられます。災害時には透析が数日間受けられなくなってしまったり、受けることができても時間や回数が減ってしまったりします。

また、食糧へのアクセスが限られることによって食事からのエネルギーが不足することに加え、透析不足が重なることで命にかかわる危機的な状況に陥ることも考えられます。限られた食糧のなかからエネルギーを確保し、水分、食塩、カリウムなどの摂取量の管理をすることは、いつも以上に困難になります。ふだんの生活指導のなかでも、災害時の食事と水分、食塩、カリウムなどの管理についての指導を進めていく必要があります。

当院における備蓄食の現状

栄養管理科の役割
当院は904床の病床を有する特定機能病院です。東京都災害拠点病院でもあるため、災害時においても継続的な医療の提供が求められます。事業継続計画(business continuity planning;BCP)が策定され、定期的な事業計画の見直しが行われています。そのなかで栄養管理科は食糧班としての役割を担うこととなります。

給食業務は全面委託方式を採用しており、委託給食会社と連携して、厨房内の被災レベルに応じた給食の提供ができるよう、災害時の対応マニュアルを作成しました()。また、大災害時にはBCPにしたがい、委託給食会社の本社・他事業所からのバックアップを受けられるように、さらには同一受託先の他院との連携をするべく、より具体的な計画を立て契約を締結しています。

一般の患者用の備蓄食
備蓄食は保管場所を地下倉庫、栄養管理科倉庫、各病棟に分散して配置しています。当院は地下2階から20階まである高層建築物のため、エレベーターが使用できない場合は食糧の運搬が困難になることが予想されます。エレベーターが使用できない場合を想定し、各フロアに必要数の半分の備蓄を配置しました。現在の備蓄食糧のラインナップは、おかゆとそのまま食べられるタイプの副食の組み合わせです(図1)。

透析患者用の備蓄食
栄養管理科内に防災ワーキンググループを組織しており、そのグループを中心に、賞味期限に合わせて定期的に備蓄食の内容の見直しを行っています。とくに、透析患者にとってエネルギーの不足は生命の危機につながるため、エネルギーの確保や食塩・カリウムの制限に注意を払うことが備蓄食にも求められます。

そこで、透析患者用の備蓄食は、一般の患者用の備蓄食の一部をふだんの給食で使用している栄養補助食品に変更して提供することを検討しています。例えば、カリウムの多い野菜ジュースは腎臓病用の流動食に変更したり、エネルギーの不足を補うためにビスケットタイプやゼリータイプの栄養補助食品を追加したりしています。また、主食のおかゆに中鎖脂肪酸油(MCTオイル)を混ぜて提供したり、お湯が沸かせる状況であれば、治療用特殊食品の低グルテリン米に変更して提供したりすることを考えています(図2)。

おわりに

生活指導のなかで、災害時の対応について指導する時間は多くはありません。災害時においては、できることややらなければならないことを判断し、確実に行うことが求められます。医療者側がマニュアルの整備などの準備を進めることも重要ですが、日常生活から患者主体で行う食事の管理をはじめ、透析患者カードやお薬手帳を携帯すること、カリウム吸着薬は余分に持ち歩くこと、非常食を準備しておくことなど、食事指導の際にも災害時の食事の注意点について伝えていく必要があると感じています。

column ~災害時の透析患者の食事の注意点~

透析患者の食事では、①適正なエネルギー量と良質なたんぱく質を摂取する、②水分・食塩を控える、③カリウムの摂取量を控える、④リンの摂取量を控えるといったことを指導しています。災害時でも基本的には同じですが、透析がふだんどおりに行えなくなることも考えられるため、いつも以上に食事に気をつける必要があります。とくに、エネルギーの確保は生命の維持にかかわるため、最優先で行いましょう。また、栄養不足の状態が続くと、体力が落ちたりほかの病気にかかりやすくなったりします。ふだんから低栄養にならないようしっかりと食べて、動ける体を維持することが大切です。

◆エネルギーの確保(備蓄食におすすめ)
・アルファ米、レトルトご飯、クラッカー、バランス栄養食(カロリーメイトなど)
・腎臓病対応のレトルト食品や減塩タイプのレトルト食品、缶詰類
・腎臓病患者用の流動食や高カロリーゼリーなど
・MCT オイルやパックのマヨネーズなどの調味料

◆カリウムの多い食品に注意
・野菜ジュースやトマトジュースには多くのカリウムが含まれる
・干し柿などのドライフルーツは乾燥して水分が少ないため、少量でも高カリウム食品である

◆減塩について
・日ごろから減塩習慣を身につける
・食塩の多いめん類や汁もの、漬けもの類は控えめにする

【引用・参考文献】
1) 独立行政法人地域医療機能推進機構仙台病院.災害時の食事管理ガイドブック:透析療法を受けている皆さんへ.(https://sendai.jcho.go.jp/wp-content/uploads/2016/12/guidebook.pdf,2022 年11月閲覧)


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酒井友紀
東京医科大学病院 栄養管理科

宮澤 靖
東京医科大学病院 栄養管理科 科長

透析と移植の医療・看護専門誌

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