みずから命を守る行動をとるために

在宅血液透析の施行中、患者の隣に医療者はいません。医療者が不在のなかで、災害時の行動や判断を誤れば、患者は命の危険にさらされます。私たちの施設における災害時指導では、みずから命を守る行動を第一選択として「みずから状況を判断する」「透析を中止する」そして「安全な場所に避難する」という一連の行動がとれるように教育しています。

災害時指導の実際

入院教育時の指導内容
2020 年8 月に発行された『在宅血液透析管理マニュアル(改訂版)』では、災害時の対応について「火災、地震などの災害が発生した場合、患者はなるべく安全に透析を中止し、速やかに回収または緊急離脱を行う必要がある。導入訓練において、管理施設は想定される災害に対しての対応策を患者に教育しておく必要がある」1)と記載されています。

私たちの施設の在宅血液透析導入教育は、2週間の入院教育を基本としています。教育内容は、1 週目はプライミング、自己穿刺、透析開始・終了時操作を含む基本的な技術と知識について、2週目はトラブル時の対処や災害時の対応について教育をします。自施設の指導用マニュアルには、透析時に起こりうる各トラブルへの対処や停電、断水、災害時の対応を示しています。

危機感と緊張感をもった実践的指導
災害時指導では、災害に対する危機感と緊張感をもって考え、行動ができるように地震による透析中の停電を想定し、透析中に停電を再現します。教育指導は看護師が主体となって行いますが、トラブルや災害時の教育には臨床工学技士も加わり指導を行います。

災害発生時は、一瞬の判断の遅れや誤りが命を失うことにつながりかねません。指導のなかでは「自分の命を守ることを考えて行動しましょう。そして、安全な場所に避難しましょう。避難を終えたら、病院に連絡をしましょう」とくり返し説明し、本人と介助者に災害時の行動を確認します。

在宅移行後の災害時指導
教育過程を終了し、在宅血液透析に移行したあとは、月に1~2回外来受診を行います。受診時は持参した経過表をもとに透析時間の確保状況や体調の確認を行い、担当者は順調に在宅血液透析を継続できているか、患者に話を聞きます。そのなかで看護師は災害に対する認識がうすれないように、災害時伝言ダイヤルの利用訓練への参加や災害に備えて適宜確認の声かけを継続しています。

在宅血液透析だからこそできる災害対策

在宅血液透析のメリット
在宅血液透析は、患者自身のライフスタイルや体調に合わせて自由に透析時間や日程を調整できるメリットがあります。また、患者には自由度をもたせながらも患者自身が選択した連日または隔日のスケジュールで、一週間当たり20時間以上を目標に透析時間を確保することを指導しています。

災害時指導では、在宅血液透析の特徴を活かし、大型台風や豪雨による洪水、停電など事前予測のできる災害に備えて透析スケジュールを調整し、日中の明るいあいだに避難できるよう介助者と相談することを教育します。中2日空きをつくらない透析が実現できるからこそ、突然の災害が発生したときに、患者は自身と家族の安全を十分確保してから施設透析に来ることができます。

アプリを活用した災害時対応
また、在宅血液透析の患者には、いつもと違う事象の発生時はかならず病院に連絡し、相談するように教育しています。承諾が得られた患者には携帯電話(スマートフォン)でトークアプリのLINE®に登録してもらい、トラブル対応や定期的な手技確認時にビデオ通話を利用しています。2011 年の東日本大震災では電話が不通になり、災害時伝言ダイヤルも機能しなかったという報告がありましたが、LINE®のようなアプリは患者安否確認の一手段としても活用できるのではないかと考えています。

災害に備えた新たな取り組み

近年、大雨による冠水や河川の増水による被害も頻繁に確認されています。そこで私たちの施設では、在宅血液透析患者10 名について、自治体で作成しているハザードマップに患者宅を照合し、新たに災害マップを作成しました()。患者宅は約30km 圏内に点在しています。




 ハザードマップに示した患者宅(例)


在宅血液透析移行後は、おもに在宅血液透析担当の臨床工学技士が機器確認やフィルター交換などのため、3か月に一度定期訪問します。訪問の際にハザードマップに示した患者宅の位置確認を行い、患者・家族の防災意識を高め、災害発生時は早めに避難するように呼びかけています。

災害はさまざまなかたちで発生します。再度、自身の地域での災害の発生や危険について、患者とともに考えてみましょう。

column ~災害時の透析患者の食事の注意点~

2020年7月、山形県の最上川が氾濫した日は、スマートフォンや各メディアの警報が次々と鳴り響いていました。私たちは、大雨・河川・土砂災害の警報をこまかに確認しながら通常業務にあたっていました。河川上流では警報レベルが高く、すでに最上川氾濫情報も出ていました。私たちは河川近くや土砂崩れの多い地域に居住している患者に電話で現状確認を行いました。その際は最終透析日、ΔBV、本日透析を実施する予定かを確認し、施設透析で受け入れ可能な時間帯の確認も同時に行いました。
河川から100mも離れていないところに居住する患者からは「避難指示が出ているけれど、とりあえずプライミングして透析をしようか迷っていた」といった発言がありました。その患者には、本日の透析は控え、避難に備えてはどうかと提案しましたが、そのときは「もうすこし様子を見て考える」と返答がありました。
翌日、その患者に被害がなかったかどうか確認しました。すると、「あのとき、透析をしないでよかった。あのあと、おばあちゃんを連れて避難した。家のすぐそこまで水が来た」と話しました。大きな被害にはつながりませんでしたが、災害は「起こりうるもの」と想定して、次の行動や判断につなげていくことができるように教育する必要があると思いました。
自分の命を守るための行動を迷わず患者が選択できるように、私たちはこれからも患者を支援し、患者教育に努めていく必要があると考えます。

【引用・参考文献】
1) 日本透析医会ほか.“在宅血液透析の実施体制:災害時の対応”.在宅血液透析管理マニュアル(改訂版).東京,日本透析医会,2020,6.
2) 特集:東日本大震災の体験に学ぶ 透析室の災害対策.透析ケア.18(3),2012,227—88.


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小座間育子
医療法人社団清永会矢吹病院 看護部

森谷志乃
医療法人社団清永会矢吹病院 臨床工学部

政金生人
医療法人社団清永会矢吹病院 院長

透析と移植の医療・看護専門誌

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