第一線で活躍する医師や看護師、医療従事者などが講師として登場し、わかりやすく解説する「メディカのセミナー」。今回は「WISERモデル」解説チャプターをメディカLIBRARYだけで特別配信します。
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講師
大浦 裕之
岩手県立中央病院 呼吸器外科 副院長/東北大学医学部 臨床教授
<どんなセミナー?>
医療・看護現場は特にストレスが大きく「アンガーマネジメント」が早くから注目されてきましたが、パワハラ問題やメンタル不調による休職・退職は今も後を絶ちません。本セミナーは指導的立場の看護師を対象に、アンガーマネジメントの基本や怒りの感情との付き合い方を学べる入門レクチャーです。
配信|WISERモデル
今回は、怒りの感情を効果的に扱うスキルとして、WISER(ワイザー)モデルという考え方をご紹介します。
このWISERモデルは、書籍『グッド・ライフ』で紹介されたもので、「よい人生をつくるものは何か」というテーマのもと、ハーバード成人発達研究の成果に基づいてまとめられています。
この研究は、84年以上にわたり2,000人以上の人生を追跡した、世界でもっとも長期にわたる研究の1つです。
その結論は非常にシンプルで、「幸せな人生を作る最大の要因は良好な人間関係である」というものでした。つまり、人間関係こそが私たちのウェルビーイングの土台であるということです。
さらに、よい意思決定や健全な人間関係、人生におけるあらゆる成功は、感情をうまくコントロールできるかどうかにかかっていることも明らかになっています。
WISERモデルは、自分の感情が動いたときに反応のギアを落とし、状況や相手の気持ち、自分の感情が反応する様子をていねいに観察することから始まる、次の5つのステップから構成されています。
WISERというのは、それぞれのステップの頭文字をとったもので、より賢い選択(WISER Choice)という意味も込められています。
①Watch(観察):怒りを感じたときに反射的に反応するのではなく、心の一時停止ボタンを押して自分の感情、相手、周囲の状況などを観察するステップです。反応するのではなく、まず観察することが大事です。
②Interpret(解釈):その感情がなぜ生まれたのか、自分の思い込みではないのか、この状況で本当に大切なものは何かをみきわめ、出来事の背景を理解するステップです。
③Select(選択):目指すべき目標や利用できる手段を明確にし、複数の選択肢の中からもっとも適切な対応を選ぶというステップです。
④Engage(実行):③で選んだ対応を、冷静に意図をもって実行するステップです。怒りに任せた行動ではなく、目的に沿った行動をとることが重要です。
⑤Reflect(振り返り):結果はどうだったか、うまくいったと言えるのか、よりよい対応はなかったのかを振り返り、次回にいかすステップです。
この5つのステップを習慣化することで、感情に振り回されず、自分自身で選び取った冷静な対応ができるようになります。
私自身が経験した事例について紹介します。
ある外来日の午前中、70歳代の男性患者さんが受診されました。肺がん手術のフォローで、当科を退職した医師からの引き継ぎ患者さんであり、私にとってはその日初めてお会いする人でした。
診察室に呼び入れて、「お名前をフルネームで伺ってもよろしいですか」と尋ねると、患者さんは患者ファイルを指差しながら「そこに書いてあるだろ? 医者のくせに字も読めないのか? 本当に情けない奴だ」と言い放ちました。
気を取り直して、「ところで最近の体調はいかがですか」と尋ねると、「あんたな、いいわけないだろ? 調子よかったらこんな所に来るか?」と、さらに厳しい言葉が返ってきました。
患者さんにここまで無礼な言葉を浴びせられることはめったになく、言葉そのもの以上に精神的なダメージをともなう体験でした。
このケースをWISERモデルでみていきます。まず観察は、反射的に反応せず、一度立ち止まって周囲の状況をていねいに観察するステップで、じつはこれがもっとも難しいステップです。
この場面では、すでに不満を抱えていた患者さんが、診察室に入った瞬間から怒りをぶつけてきました。その場には患者さんの奥様と医療クラークも同席しており、皆が同じ光景を見ていました。奥様は何も言わずに、申し訳なさそうに下を向いておりました。
私は突然の暴言に戸惑いながらも、自尊心が傷つけられ、防衛感情としての怒りが込み上げてくるのを感じ、そのメタ認知=気づきを受け止めました。このように自分の感情を見つめて受け止めることが、次の行動につながる大切な一歩となります。
2つ目のステップ「解釈」では、重要なことをみきわめ、観察した事実に対して背景に何があるのかをていねいに読み解いていきます。
患者さんが強い口調で怒りをぶつけてきた、この態度の裏にはどのような事情や感情があったのかということを考えてみたいと思います。
まず解釈として、この人の性格的な傾向(そばにいる妻の態度から推測)に加え、予想より長い待ち時間による疲労や、検査結果への不安、担当医師が変わることへの不安が絡み合い、怒りのガス圧がすでにかなり上昇していたところに、「ようやく」呼ばれた診察室で再度名前と生年月日を聞かれたことが最後の一押しとなり、あのような態度に出たのではないかと考えました。
このように解釈のステップでは、相手の背景や感情を想像しながら、できるだけ多面的にとらえることが大事です。
3つ目のステップ「選択」では、望む結果を得るために、どういう対応策を選ぶのがいいのかということを判断します。
ここでは「検査結果を適切に説明して、患者さんに理解を得たうえで、今後の治療方針を共有する」という本来果たすべき目的のために、
選択肢1:「相手の言動をなかったことにして説明する」
選択肢2:「感情的に言い返す(口論になり最悪の結果を生みかねない)」
選択肢3:「一歩引いて限定的に謝罪したうえで、許諾を得てから説明する」
の3つを検討しました。
そして、感情的に反応するのではなく、目的を見失わない対応を選ぶことが前向きなやり取りの鍵になると考え、相手の防衛的な態度を和らげ、建設的な対話につながる選択肢3を選びました。
続いて4つ目のステップ「実行」では、「たいへんお待たせして申し訳ありませんでした」と謝罪した後に、「これから検査結果を説明してもよろしいですか」と許可を求めたうえで説明しました。
患者さんは憮然とした態度から次第に和らいでいき、最後は笑顔で「これからもよろしくお願いします」と述べて退席し、その場は収まりました。
最後のステップ「振り返り」では、自分が選択、実行した対応が適切であったかどうかを振り返り、今後の活動にいかすための教訓を得ます。
このリフレクションの段階を飛ばすと、より望ましい対応を学ぶための重要な機会を無駄にしてしまうことになるので、よりよい対応力を身につけるためにはこのステップが欠かせないということになります。
私自身はこの出来事をリフレクションした結果、実際に待たせたかどうかにかかわらず、すべての患者さんに「たいへんお待たせいたしました」と最初に一言添えることにしました。以来、待ち時間での怒りには一度も遭遇していません。
どれだけ待たせたとしても暴言が許されるわけではありませんが、相手の怒りはもう仕方がないので、こちらがどう対応するかに集中することが大事です。
ご購入いただくとすべてのプログラムがご覧いただけますのでぜひご検討ください。
プログラム
1.怒りのトリセツ ─アンガーマネジメントはウェルビーイングへの第一歩─
2.怒りは医療安全の深刻な脅威
3.怒りとは何か?人はなぜ怒るのか ─怒りの発生メカニズム─
4.アンガーマネジメントの基本 ─3つのコントロール─
5.怒りの感情を効果的に扱うスキル ─WISERモデルの活用─
6.認知的リフレーミング ─柔軟に考え、怒りを手放すために─
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