アナタの知らない依存症治療の世界~依存症治療のハマったさんにきいてみた!|#026|百聞は、一「参加」に如かず

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1.依存症患者への思い

精神科病院で勤務をはじめ20年が経ちました。慢性期病棟や認知症病棟などを経験しましたが、そのうちあわせて12年は、急性期の病棟で働いています。

そのなかで多くの患者さん、多くの家族、多くの疾患と出会ってきました。いいことも、悪いことも含めていろいろなことがありました。記憶に残っている患者さんもいれば、病院で会って声をかけられても、「はて、誰だったけな?」と患者さんか家族かもわからないことがあります。

その違いってなんだろうと考えると、たいへんだったり、こわい思いをしたり、好きになれない患者さんほど覚えていることが多いなと思います。こんなことを言われた、あんなことをされたなど、もともと根に持ちやすい傾向にある性格のせいでしょうか。当然、かかわりのなかで、信頼関係を築けたと感じることができた患者さんも覚えています。

看護師のなかで、「ネガティブな感情を抱く患者ランキング」の上位にくる疾患として、依存症が挙げられると思います。病気というか、「性格の問題だろう」「どうせまた同じことを繰り返すのだろう」「それを陰ながら支える家族に問題がある」といった意見が多いのではないかと思います。

しかし私は自分が担当したはずの依存症患者さんの記憶がほとんどないのです。絶対に担当したことがあるはずなのに、名前が一人も出てきません。それは、ほかの疾患の患者さんたちに比べてもそんなにネガティブな感情をもっていないからなのかなと、勝手に解釈しています。もしかするとちゃんとかかわっていなかっただけなのかもしれませんが。

特別な感情をもってかかわっていたことはなく、離脱症状を観察し、衝動性や興奮をコントロールできるようにし、物質による身体面の観察を行って、院内のプログラムに乗せて、その感想や思いを聞いて、自宅や施設への退院を目指していくといった、3か月という期間のなかでかかわっていました。その人が辞めたいと言えば「辞めたいんですね」、辞められないと言えば「辞められないんですね」と、そのままオウム返しをしていただけで、なにもしていなかったのかもしれません。

と、文章を書いているとあまり興味をもっていなかったように思えてきました。「愛の反対言葉は無関心」と、過去の偉人が言っていたのも思い出してしまいました。そうだったのかもしれません。

2.同僚の圧

現在も続くコロナ禍に突入するタイミングで、認知症病棟から急性期病棟に異動になりました。

同時期に異動してきた看護師Aは、前の病棟で常岡先生と一緒に依存症患者さんの対応を行っていたのですが、そのAから、この病棟は依存症の看護が熱いということや、当事者たちの人間性についての話を聞かされていました。またコロナのせいで依存症の自助グループや断酒会などがオンラインで開催されるようになり、参加する敷居が低くなったから、ぜひ見てほしいとも聞かされていました。そこでの会話や思いなどを聞き、自分自身も発信することがいかに素晴らしいことなのかと。また当事者家族の人たちもそこにつながることで変わっていくということも。

「まーまー、落ち着きなさいよ。ほかにもいろいろな患者さんがいるのだから、そこに特化する必要もないでしょうが」と思いながら、話を聞いていました。

半年ほど聞かされたタイミングで、依存症の患者を受け持つことになりました。するとその看護師Aから、オンラインの家族会に参加してもらうように、患者さんに働きかけてもよいかと相談されました。

どうぞお任せしますというところですが、担当なので私もやらねばならないと思ったのです。自分が見たことも聞いたこともない家族会について家族に説明するのはいかがなものか、と思ったことと、今までさんざん家族会や断酒会などの話を聞いていたし、せっかくだからまずは自分が参加してみようと思いました。

正直、同僚には参加すると言ったものの、どんなものか想像もできなかったので怖気づきそうになりましたが、「そうやって行動に移せることが素晴らしい」と言われ、かっこ悪いところは見せられないと、後に引けなくなったというのもあります。

3.依存症オンラインルーム初参加

同僚に紹介されたのが、特定非営利活動法人ASKとよばれる、アルコールや依存性薬物をはじめとするさまざまな依存関連問題の予防に取り組むNPO法人が主催している、依存症オンラインルームです。

ルームはいくつもあり、アルコールや薬物以外にも、最近、目にすることの増えたギャンブルやネット・ゲーム依存などもあり、疾患ごとに当事者や家族、女性限定などバリエーションが豊富です。内容もSkypeによるチャット形式かZOOMミーティングの2パターンあります。

今回は、アルコール依存症の断酒会系の家族会に参加しました。今回担当した患者さんの家族にも、ここにつながってもらえるとよいだろうというアドバイスをもらったうえです。

早速、担当者にメールを送ると、支援者のチャットルームに案内されあいさつすると、大勢の人からの返信がありました。そしてどの言葉も温かい。驚くのが全国各地から参加しているということです。コロナ禍の前ならつながることはまずなかったでしょうし、そもそも10年前なら、ここまでZOOMなどの普及もされていなかったのでしょう。

いざ当日。私の家には小学生、幼稚園生の子どもが1人ずつおり、ゆっくり参加できる時間帯ではなかったこと、今回は聞くだけの予定だったため、漫画喫茶の個室から参加しました。

携帯電話に向かい、いまいちZOOMの操作がわからないまま、あたふたしていると、始まりました。ルーム内での約束事などの説明があり、いざ家族の人の話が始まります。一人一人の過去の体験や現在の心境、家族への思いなどを話されていきます。話す人が増えるほど、漫画喫茶の個室の中で、一人、心拍数が跳ね上がりました。そのどれもが信じられないくらい壮絶だったり、いっしょに生活することの苦痛だったり、迷惑をかけたことを後悔していることなど、生々しいのです。

さらに「聞きっぱなし、言いっぱなし」の原則で進んでいくため、前に話をした人への感想やアドバイスなどがなく、さらっと次の話に移るのです。いわば濃厚な映画を立て続けに観ているような感覚になります。正直、感情が追い付いてこないことも多々ありました。仕事帰りで疲労困憊のなかだったので、もしかしたら2時間の会の途中で寝てしまうかもと心配していましたが、実際にはあっという間に終わったという感想です。

4.参加を終えて

「百聞は、一見に如かず」でなく「百聞は、1参加に如かず」
やはり聞いたり、本で読んだりすることではなく、実際に体験することで依存症の回復していくプロセスが見え、生々しい家族の思いを聞き本当の意味での苦痛を理解することができました。

いろいろな段階の参加者たちがいるため、回復していく先にどのような生活が待っているのかという一つのゴールを知ることができます。また途中で再飲酒してしまうこと、暴れてしまうこと、再入院してしまうことの、すべてが回復の過程の1ページであることを教えてくれます。あのつらかった時期があってこそ、今があるということを話してくれるのです。

逆に医療の現場で、その生々しい言葉を患者さんや家族から引き出すことができないことや、どうしてベールやオブラートに包まれてしまうのか、どうすればよいのかわかりません。自分自身の聞き方や姿勢の問題もあるでしょう。患者・家族―医療者という関係性にもあると思います。その壁を越えるヒントがこの会にあると思い、これからも定期的に参加していきたいと思いました。

そして生の声を話してもらうには、医療者である前に、40年間生きてきた1人の人間であり、そこには失敗や葛藤、喜び、妬みや嫉妬などあり、特別な存在でないことを知ってもらうことなのかもしれません。それを伝えて知ってもらうことができて、初めて聞き手としての準備ができるのではないかと思います。

知らない所や知らない人がいるところに入ることは誰しも勇気がいります。実際、私もそうでした。それは、当事者や家族も同じだと思います。その緊張して入った気持ち、逃げたくなった気持ちを含め、自分自身が体験した生々しい感情や思いを担当患者さんの家族にぶつけて、家族にとってありのままの思いを吐き出し、癒され、認められる、必要とされる場所に踏み入れてもらえる勇気を分けられるようにがんばります。

参加させてもらえる機会と場所を教えてくれた同僚と、多くのことを学ばせてくれたオンラインルームの参加者の皆さんに感謝したいと思います。

プロフィール:木下隆盛
昭和大学附属烏山病院 看護師

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