今回で、小児在宅医療で、誰も教えてくれない、こんな疑問、あんな疑問の14回目になります。
今回も、#045の質問に対する説明の続きになります。
質問を再掲載します。

「気管切開をして、夜間は人工呼吸器を使用している3歳の男の子がいます。気管吸引を行ってもしっかりと分泌物が引けず、肺雑音が残ってしまいます。小児で分泌物が引けない原因を教えてください」

これまで#045~047の連載では、気管吸引チューブのサイズの選びかたや、細い気管吸引チューブほどチューブ抵抗が大きいため、分泌物を引きにくいことを説明しました。
今回は、皆さんがよく知っている吸引圧の設定値が決められている理由について、振り返ってみましょう。

気管吸引における吸引圧の設定は、安全に分泌物を除去しつつ、気道粘膜を傷つけないためにとても重要です。看護学生や新人のときに、この吸引圧について教わるのではないかと思います。

●気管吸引圧の基本設定
成人の推奨吸引圧は、多くのガイドラインや臨床現場では −20kPa(約150mmHg)以下が推奨されています。この吸引圧の設定は、分泌物を十分に吸引できる力と気道粘膜を傷つけにくい力のバランスが最も良いとされています。
このことから、ヘルパーさんなどが「気管吸引をできるように」と受講する、医療的ケア研修の区分の第3号研修では、吸引圧は−20kPaと教えられています。

小児・新生児における推奨吸引圧は、成人よりも低い設定値になっています(表1)。



さらに、吸引圧の設定による患者さんへの影響は、表2のようなものがあります。





●吸引圧の設定が重要な理由
吸引圧力の設定は上限圧の設定であり、上限圧を越えた吸引圧で吸引を行うと身体的に害を生じやすくなります。
例えば、次のようなものがあげられます。
①気道粘膜→損傷・出血
②呼吸→低酸素血症
③循環→迷走神経反射による徐脈
④苦痛→痛みや不快感の増大


上記について、実際どのような影響があるのか見ていきましょう。

①気道粘膜への影響(損傷・出血・疼痛)
気管吸引チューブの先端にある吸引孔に気管粘膜が貼り付き吸引が継続されると、気管粘膜の表面が傷つき、点状出血やびらんが起こりやすくなります。
気管粘膜が傷つくと、吸引のたびに痛みを感じ、患者さんが不快・苦痛を訴えることになります。また、気管粘膜の損傷が繰り返されると、慢性的な炎症や浮腫を起こし、出血の原因になります。
分泌物に血液が混じるようになったら、気管粘膜の損傷や炎症を疑い、気管支ファイバースコピーによる確認や、気管粘膜の治療のための吸入療法を行うとともに、吸引圧や気管吸引チューブの挿入長を確認する必要があります。
②呼吸への影響(低酸素血症・無気肺)
気管吸引は、分泌物を吸引するだけでなく気道内の空気も吸引してしまいます。そのため、吸引時間を10秒以内にとどめることや、#046で説明したように、外気を吸い込める隙間を確保できる気管吸引チューブのサイズ選択が重要になります。吸引圧の設定が高いということは、気管吸引チューブから吸われる空気の量も増加するため、肺胞虚脱の原因となります。さらに、患者さんの意識がある場合には、呼吸停止や 咳嗽 がいそう を起こします。
このような原因により、肺胞における酸素の取り入れの低下や停止となり、低酸素血症を引き起こしてしまうのです。 また、気管吸引後、適正に虚脱した肺胞のリクルートメント(肺胞の開放)を行わないと無気肺が生じ、持続的な低酸素血症の原因になります。
③循環への影響(迷走神経反射・血圧変動)
気管吸引時の吸引圧が強すぎることや、気管吸引チューブを深く挿入することによって気管粘膜が強く刺激される、気管吸引チューブの先端が気道壁に当たるなどの原因によって、迷走神経反射が起こります。
迷走神経反射が起こると、副交感神経が一気に優位になります。その結果として、心拍数低下(徐脈)・血圧低下 → 脳血流低下 → 失神、さらなる徐脈が起こり、あわせてSpO₂も低下するのです。
④苦痛(痛み、全身への影響)
口鼻腔吸引を含めた気道系の吸引では、患者さんに対する苦痛が伴うだけでなく、低酸素血症を伴う、全身への影響が大きく出ます。 よって、吸引圧の設定を適切に行うことは、とても重要なことなのです。

吸引を行う前には、吸引圧が正しく設定されているかを必ず確認する必要があります。この確認は、気管吸引チューブの根本を折り曲げ、完全閉塞の状態で行います。
気管吸引チューブの根本というのは、「気管吸引チューブを接続する吸引ホースの一番患者側を閉塞させる」ということですので、気管吸引チューブのサイズによる違いは生じません。

最近、病院で使用される壁掛け式吸引器(中央配管式)は、吸引圧力の設定ダイヤルがあるのみで、吸引圧力を表示する圧力メーターがないものも発売されていますので、設定ダイヤルと実際の吸引圧が同じであるかを確認できないこともあります。このような場合には、吸引ホースの先端を手袋をはめた指で押さえ、吸引圧を感じるか、ある程度の圧で吸引圧が一定に維持されるかで確認するくらいしかできません。
在宅用の電動吸引器では、現在のところ、実際の吸引圧を確認できる圧力メーターが付属している機器が多いので、吸引圧の確認や圧力メーターの針が上がるスピードも確認できます。

今回は、気管吸引圧力の設定と、設定が重要な理由について説明しました。
次回は、この気管吸引圧力の基準の必要性、小児在宅医療における吸引の特性について説明したいと思います。



新型コロナ病棟ナース戦記

松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。
KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory

・・・・・・・・・・・・・・・・・
イラスト:八十田美也子 みやよしえ
     

松井先生のWEB講義が販売中です!

新人・1年生が知っておきたい
新生児・小児の呼吸管理のきほん


呼吸生理/換気モード/グラフィックー 3大苦手ポイントをコンパクト解説!
「赤ちゃんの肺の中で酸素がどんなふうに動いているのだろう」「動脈血酸素分圧90mmHgってどういう意味だろう」といった素朴な疑問から、むずかしく思われがちな換気モードやグラフィックモニタまでもカンタンに知ってもらおうというセミナーです。

▼プログラム 【収録時間:約130分】
#01 酸素と二酸化炭素 〜肺胞の中でどのように移動しているか?
#02 なぜ小さな赤ちゃんにとってPEEPが重要なのか?
#03 換気モードのお話〈前半〉 IMVとCMV・SIMV・A/C
#04 換気モードのお話〈後半〉 CPAP・PSV・HFO
#05 フロー波形を見て同調性を極めよう!
#06 グラフィックモニタとトラブル対応
#07 ファイナルテスト 〜この波形、どう考える?

▼受講申し込みはコチラから
スライド資料ダウンロード 税込 \6,000

松井先生が監修に携わった書籍

////// 書籍案内 //////

小児在宅人工呼吸療法マニュアル第2版

子どもと家族を支える医療者のための
小児在宅人工呼吸療法マニュアル 第2版


5年ぶり、待望の大改訂!/国内すべての小児在宅用人工呼吸器を網羅。“実際の使用感”教えます!/呼吸器回路・制御・換気モードなどキホンを徹底解説!/行政・災害・訪問看護など社会変化にも言及!

機種別に特性・違い・注意すべき点がわかる
各種人工呼吸器のアップデートに加え、行政・災害・訪問看護など新たな社会情勢にも言及し、パワーアップして刊行する第2版。医療的ケア児と家族への支援施策が進む中、医師・看護師・CE・PTなど小児在宅人工呼吸療法に携わるすべての医療者必携の書。

著者:
一般社団法人日本呼吸療法医学会 小児在宅人工呼吸検討委員会 編著
岐阜県総合医療センター 新生児内科 寺澤 大祐 監修
神奈川県立こども医療センター 新生児科(非常勤) 松井 晃 監修
神戸百年記念病院 麻酔集中治療部/尾﨑塾 尾﨑 孝平 監修

定価:5,500円(税込)
刊行:2022年8月
ISBN:978-4-8404-7888-5

▼詳しくはこちら