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よく「いつから病気が始まっていたのでしょうか」と質問されます。どう答えるか悩みます。認知症がいつ始まったのか、はっきり言えることは少ないです。

認知症を来す種々の変性疾患はゆっくり進行する病気で、いろいろな症状が出る前に脳の変性が始まっているといわれています。最近は、アルツハイマー型認知症を発病する何年も前から脳内に毒性物質が溜まり、徐々に神経細胞の働きが衰えてくることがわかっています。アルツハイマー型認知症以外の変性疾患による認知症でも同様と思われます。病気になる何年も前、時に何十年も前から脳には変化が起こってきていると考えられています。

詳しい病歴を聞いてみると、病気になるずっと前から何らかの兆候が出ている人が少なくありません。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 047
69才男性

X年、「夫からの暴力で悩んでいる」と一人の女性が当院を初診しました。

「夫は絶対に病気だと思うのです。でも、大きな病院で『異常なし』と言われました。アルツハイマーではないというのです。納得できません。何年ものあいだずっと悩んできました。どうしたらいいのか教えてください」

何があったのでしょう。

これまでの経過

X-34年、夫は大きな会社に勤めていましたが、独立して企業を立ち上げました。それから数年後に、この女性と結婚しました。

X-30年、結婚当初は良い人だったのですが、何年か経つと、年に2〜3回妻に対して暴力を振るうようになりました。家庭内暴力です。「仕事のストレスかな?」「たいへんなのかな?」と思って我慢していましたが、性格が徐々に変わってきたように感じられました。それ以外は、以前からと変わりない冗談を言って明るく楽しい夫だったので、仲良く暮らしていました。

X-12年、子どもが大きくなり、それぞれ独立して夫婦2人だけの生活になりました。すると、妻への暴言暴力がエスカレートしました。あるとき妻が友人との旅行から帰ると、実家から持参した嫁入り道具や、大事にしていた趣味の道具がことごとく壊されていました。異常だと感じましたが、子どもたちは独立したばかりでした。家庭に波風を立てて、子どもに心配をかけたくなかったので、誰にも言わず我慢していました。

X-10年、血圧が高くなり内科で処方された降圧薬の服用を開始しました。便秘になりました。下剤ももらいましたが「薬害が心配だ」といって服用しませんでした。

X-9年、妻に対して、気に入らないことがあると殴る蹴るの暴力がさらに増えました。妻は夫を避けるようになり、家の中ではなるべくいっしょにいないようにしました。家庭内別居です。以後およそ5年間、同じ屋根の下にいながら別々に生活しました。

日常生活に支障が出る

X-4年、夫に焦燥感が出現しました。入浴、食事など身の回りのことがうまくできず、パニック状態になり妻に助けを求めるようになりました。妻が指示したりやり方を教えたりしないといけなくなりました。長く続いた家庭内別居が終わり、妻が本人の日常生活を手伝う生活が始まりました。人に会ったり用事で出かける際にも妻が付き添うことになりました。

X-3年、夫婦で人前に出ると「こいつは馬鹿なので、婆あと呼べ」と相手に言うので、周囲の人が驚くようになりました。寝入りばなに大声で寝言を言うようになりました。レム睡眠行動異常症の始まりです。

性的逸脱行動も出現し、長らくなかった夫婦関係を妻に求めてきます。驚いて妻が拒絶しても強要するので暴力につながります。同時期から記銘力障害が出現し、自分でも物忘れがひどいと感じ、なんでもメモに書いてあちらこちらに貼り付けるようになりました。

X-1年、言葉が思い出せなくなり、何か言おうとしても言葉に詰まるようになりました。言われたことも複雑な話は理解できず、会話が通じにくい状態です。コミュニケーションに支障が出てきました。

アルツハイマー型認知症ではない

X年、自宅近くの大きな病院を受診しました。妻は「アルツハイマー型認知症ではないでしょうか。調べてください」と訴えました。一通りの検査の後に「異常なし」と言われました。検査結果に納得がいかず、悩んだ妻が一人で当院を受診しました。初診時に当院の精神保健福祉士が詳しく聞き出しました。

毎朝起きるとすぐに散歩に行きます。天候に関係なく毎日同じ時間に必ず行きます。「今日は台風が来ているから、やめたら」と言っても聞きません。このような行動パターンは時刻表的生活といいます。その後会社に出勤し、自分の仕事はしますが、仕事以外の時間はほぼ寝ているとのことでした。疲労感が強く、すぐに横になってしまいます。アパシーです。時刻表的生活やアパシーは前頭葉症状です。

物忘れはひどいのですが病識がありメモをします。妻に買ってきてほしいものや頼みごとがあると、紙に書いて置いてあります。通常アルツハイマー型認知症の場合には物忘れの病識が乏しいことが多いので、アルツハイマー型認知症にしては非典型的です。

イライラや焦燥感は強く、ちょっとしたことですぐに怒り出します。不安感が強く、近所の人の目を必要以上に気にしています。

ミオクローヌス

音に敏感で、生活音やテレビの音に激しく反応し、ビクッとしてしまいます。体全体が急激に硬直するような動きです。ミオクローヌスです。正常な人にも見られることがありますが、それがとても激しいです。この症状が不快なので「音を消せ!」と怒ります。夜、寝入りばなにも同じように体や手がピクピクと震え始めます。こちらは睡眠時ミオクローヌスです。ミオクローヌスも睡眠時ミオクローヌスも、脳の変性疾患に見られることがある症状です。

入眠時には、ミオクローヌスが出るだけでなく、レム睡眠行動異常症もありました。数分間大声で寝言を言い、その後、静かになり眠ります。時には寝言に続いて起き出して、寝室の壁を蹴飛ばすなど暴れることもあります。

「アルツハイマー」

詳しく問診する時間のない大病院では、医師1人で多くの患者を診察しなければならず、診察にかけられる時間は非常に短いです。このため病歴を詳しく取ることはできず、今回私の診療所で精神保健福祉士が聞き取ったような症状については、限られた時間では話すことができなかったとのことでした。

大きな病院ではアルツハイマー型認知症の有無を念頭に置いて画像検査を行い、大脳の萎縮がないことから否定されました。知能検査でもMMSEを行い高得点だったので、医師は「アルツハイマー型認知症ではありません」と告げ、診療が終了しました。

妻が訴えた「アルツハイマー」というキーワードで問診が始まっています。大きな病院の医師は「アルツハイマーか否か」を調べたのでした。それでは診断をするのが難しいのです。症状がわからなければ診断はできません。ではどんな認知機能低下があったのでしょう。

認知機能低下の状態を確認

失語が目立ってきました。よく知った人の名前が思い出せません。指示語が多くなりました。難聴でもないのに話しかけられた言葉の意味がわからなくなり、何度も聞き返すようになりました。聴理解の低下です。

人との会話中、突然にその場を立ち去ってしまう、立ち去り行動が出てきました。こちらは前頭葉症状です。見当識は保たれているということでした。

このような認知機能低下のパターンは、アルツハイマー型認知症では非典型的です。他のタイプの認知症と考えてよいでしょう。

困りごとを聞く

「アルツハイマー型認知症ではないようです。他のタイプの認知症だと思われます」

そのように説明したうえで、私は妻に聞きました。

「何がいちばん困りますか?」

答えは、妻に対する暴言暴力でした。お客さんが来ると、その人の前で妻を罵るので相手が驚きます。性的な抑制が外れ、夜朝2回、セックスを強要します。断ると機嫌が悪くなります。応じないで無視していると、これ見よがしにアダルトビデオや大人のおもちゃを見せびらかしてきます。性的逸脱、性暴力です。

夜間に寝たまま大声で騒ぎ、時に起き上がって壁を蹴ったり暴れることも問題でした。叩き起こされたり、蹴飛ばされるなど、被害は妻にも及びました。レム睡眠行動異常症も暴力につながっていました。

どうやって連れてくるのか

この日は妻の受診でした。まずは本人が怒り出したらその場から逃げること、おさまらないときには近くの交番に駆け込むようにと、暴力から身を守ることを指導しました。また、認知機能低下によりできなくなっていることについては、やってあげるしかないということも指導しました。

本人の症状に対して治療するには、本人に受診してもらわなければなりません。「連れて来られますか?」と尋ねると「大きな病院でさんざん検査されて、本人は嫌な思いをしています。『また病院に行こう』と言ってみましたが嫌がっています」と言います。

「往診はどうですか?」とたずねると、「気に入らないお客さんが来るとその場から逃げてしまうので、往診も無理だと思います。どうすればいいでしょうか」というので、「別の人に勧めてもらいましょう」ということになりました。

そこで、遠方に嫁いでいた娘に登場してもらうことになりました。

娘の付き添いで初診

1カ月後、わざわざ上京してきた娘に連れられて当院を初診しました。

「お父さんは血圧が高いから脳梗塞が心配なの。私のお義母さんも、このあいだ小さな脳梗塞が見つかって薬を飲み始めたのよ」

と言ってもらいました。娘に勧められたら素直に来られたのです。

初診時、神経学的には右上肢に軽度の麻痺が見られました。しかし固縮や動作緩慢、振戦、アキネジアは見られません。診察時には同じ話を何度もします。忘れて何度も言っているというよりも、不安で何度も言わずにはいられないという様子でした。医師の説明を聞いても理解できずに、自分が言いたいことばかり何度も言います。会話がかみ合わないうちに「もういいです」と立って帰ろうとしました。

なんとか引き止めて、画像検査を行いました。海馬や角回といったアルツハイマー型認知症で萎縮する部位には萎縮がありません。左前頭葉皮質に軽度の萎縮があります。右上肢の麻痺や失語と関係があるのでしょうか。

レビー小体型認知症の可能性

レム睡眠行動異常症がみられる代表的な疾患はレビー小体型認知症です。

レビー小体型認知症の診断基準は、2017年に最新のものが発表されました。そこでは、レム睡眠行動異常症が中核症状の一つとされています。この人の場合、それ以外の中核症状がありませんでした。それ以外の症状とは、認知機能の変動、幻視、パーキンソン症状です。

診断基準に記載されている支持的特徴のうち、便秘、過眠、不安がありました。指標的バイオマーカーであるDATスキャン、MIBG心筋シンチ、睡眠ポリグラフ検査は施行していません。支持的バイオマーカーのうち、MRIで側頭葉内側部が比較的保たれていることは確認されました。

一つの中核症状のみが存在していることから、Possible DLBの診断になります。

レム睡眠行動異常症の治療を試みる

妻と相談し、レビー小体型認知症の治療をしてみることになりました。レビー小体型認知症で保険適応があるのはアリセプト®︎だけです。まずは少量の3mgから処方してみました。本人には「血圧が高いから脳梗塞になりかけているので、もう1つ薬を飲んで予防しましょう」と娘と口裏を合わせる形で説明して納得してもらいました。

内服し始めてすぐに嘔吐しました。副作用です。詳しく状況を尋ねると、間違えていきなり2錠飲んだということがわかりました。血圧の薬を2錠飲んでいたので、同じ飲み方だと思ったということでした。早とちり、勘違いです。薬袋には「1日1回1錠朝食後」と記載してありましたが、よく見ないで服用したようです。注意力の低下であり、認知機能低下の一つです。もう一度飲み方を指導して、なんとか飲み始めることができました。

妻が来院して「少し穏やかになりました。なんとなく優しくなりました。元の夫に少し戻りました」と言いました。

アリセプト®︎が著効

X+1年、アリセプト®︎は効いていました。仕事は以前と同じようにして、車も普通に運転していました。物のしまい忘れ、人の名前などは思い出せないことがありますが、前の年と同じ程度で、妻は「現状維持かなと思います」と言いました。

些細なことで怒り出し、他人の前でも自宅でも妻に暴言を吐いて攻撃していましたが、まったくなくなりました。レム睡眠構想異常症で寝入りばなに大声を出したり暴れたりして眠れないことがたびたびでしたが、それも落ち着きました。

妻への性的問題行動についても口には出すけれど行動はしなくなり、妻が断るとすぐにあきらめて、とてもおとなしくなりました。

1人での通院

本人は、妻の付き添いで通院することを嫌がりました。妻にいろいろなことを告げ口されると思っているからです。このため、妻には事前にFAXやメールで症状を教えてもらいました。

残った症状

こだわりが強くなり、何か気になることがあると不安なのか、解決するまでずっと何度も同じことを言い続けます。その症状は改善せず、むしろ目立つようになりました。会社の仕事でちょっとでもつまずくと「倒産してしまうのではないか」とパニックになります。社員がなだめてもビクビク、オロオロしています。

レム睡眠行動異常症は、寝入りばなの症状は改善しましたが、今度は夜中に現れるようになりました。アリセプト®︎を飲み始めてからは寝つきが良くなり、いびきをかいて熟睡するようになりました。ところが、22時30分ころから1時30分位に、睡眠時ミオクローヌスが出現し、同時に大声を出したり、手を叩いたり、手の届く範囲の壁や床を叩きます。そして数分から30分ほどして何事もなかったように熟睡します。

便秘は徐々にひどくなり、3〜4日に1度くらいの間隔です。お腹が張り、しょっちゅうガスが出ます。以前から内科で処方されている下剤は「薬害がある」と言い張って服用しようとしません。便秘を解消するために妻が食事に気をつけて、食物繊維や水分を多く摂らせる工夫をしていましたがなかなか治りません。便秘はレビー小体型認知症の症状の一つで、認知症を発症する何年も前から先行します。便秘自体がレビー小体型認知症の原因であることもわかってきています。便秘により、腸から神経毒性のあるタンパク質が吸収されてしまうこともあるのです。

緩やかな進行

一人で通院していましたが、何度目かの通院で降りる駅を間違えました。診療終了ギリギリに駆け込んできました。処方箋を紛失したこともありました。

夜中のレム睡眠行動異常症は徐々に行動が活発になり、起き上がってテレビやエアコンのリモコンを壁に投げつけるようになりました。

薬物療法の調整が必要ではないかと思いました。メールで妻に伝えると、妻は「薬が増えると『薬害だ』と言って飲まなくなるのが心配です。薬を変えないでください。最初のころよりはずっと穏やかなので、このままでいてほしいのです」と言いました。

X+2年、会社ではときどきパニックを起こしていましたが、自宅ではいままで通りの家庭生活が継続できていました。頭部MRIの画像でも大脳萎縮の進行はほとんど見られませんでした。

ワーキングメモリーの減少

会社でのパニックは、仕事のいろいろな場面で見られるようになりました。書類の置き忘れ、打ち合わせの日程忘れ、注文内容を忘れるなどです。このため取引先から苦情が増えました。社員が「社長はゆっくりして、仕事は私たちに任せてください」と申し入れましたが、「俺がやらなくて誰がやるんだ」と聞く耳を持ちません。もともとの責任感が強い性格が災いしました。物忘れの自覚が保たれているので忘れたことはわかっていますが、人のせいにするようになりました。「俺が忘れたのはお前がちゃんと書かなかったからだ」などと社員を責めます。特に複数の案件が発生すると忘れることが増えました。集中力、注意力の低下です。その場で処理できる記憶容量・ワーキングメモリーが少なくなり、注意の範囲が狭まります。1回に1つのことしか頭に入りません。

私は診察で「働くのはよいことです。でも無理をすると働けなくなりますよ。若い人に仕事を譲り、疲れてからではなく疲れる前に休んで、末長く働けるようにしましょう」と勧めました。

病院クレーマー

ストレスのせいか便秘のせいか、「胃が痛い」と言うようになりました。血圧の治療を受けている内科で相談し、胃カメラを行いましたが軽い胃炎程度で、そのほかに異常はありませんでした。胃薬をもらってきましたが、またもや「薬害がある」と言って飲みません。

もともと、いろいろなことに不安感が強く、こだわりも強く見られました。胃の痛みに関しても「胃が痛いのは、胃がんなど何か重大な病気ではないか」と不安が強くなり、近くの大きな病院を受診しました。大きな病院の受付で受診理由を伝えると「あなたみたいな軽症な人は来てはいけない」と言われました。紹介状は持っていませんでした。「近所の内科で胃カメラをやり正常と言われ薬ももらっているけど、医者が嘘をついて自分を騙しているのではないかと思う。胃がんに違いないのでみてほしい」と話したからです。本人はカッとなり、喧嘩のようになってしまいました。クレーマー状態です。仕方なく大きな病院はかかりつけ医と同じように胃カメラを行ない、異常はないといって終わりました。

このような症状は心気妄想です。自分が何か重大な病気にかかっていると思い込んで訂正ができないのです。ドクターショッピングにつながる症状です。また以前からあった「薬害がある」という思い込みも妄想と考えてよいでしょう。妄想はレビー小体型認知症の支持的特徴です。

幻視以外の幻覚

「左頭部に蟻が這っているような違和感があります」と訴えるようになりました。蟻走感です。体感幻覚の一種です。このような幻視以外の幻覚もレビー小体型認知症の支持的特徴です。このように、いろいろな症状が加わり進行してきました。

会話が理解できない度合いも増悪し、理解できないことを相手のせいにして「お前は馬鹿じゃないか」などと罵ります。

X+3年、がんノイローゼともいえる心気妄想は継続し、便秘は大腸癌の症状だと言い大腸内視鏡検査を受けました。その結果異常はありませんでした。すると今度は「心臓がおかしい」と言い出し、循環器科の大きな病院を受診しました。ありとあらゆる検査を行い、結果は異常なしでした。

パーキンソン症候群の始まり

当院受診から3年が経ち「足が重い」と言い出しました。「27歳のときに釘を踏み抜いて怪我をしたので、足が重くなってきました」と言いました。本人が「釘を踏み抜いたときのカサブタがまだある」と主張するので見せてもらうと胼胝(たこ)でした。本人の話では以前はありませんでした。

神経学的診察を行うと、四肢に軽い筋強剛があり、歩行障害が出現していました。軽いので普段の診察では気がつきませんでした。何度も歩かせてよく見ると前につんのめるような歩き方で、足先に力が加わっています。胼胝の原因です。パーキンソン病では足趾に胼胝ができることが多いのです。レビー小体型認知症もパーキンソン病と同じような歩き方になりますので、胼胝ができることがあります。パーキンソン症候群は、レビー小体型認知症の中核症状の一つです。中核症状が2つ揃い、Probable DLBになりました。

胼胝が痛くてかばうように歩いており、両膝も曲がってきました。転倒の恐れがあるので、外科で胼胝の処置をしてもらいました。

病識が消失

もの忘れが徐々に悪化し、それに伴いもの忘れの自覚が徐々に薄れて、なくなりました。メモもしなくなりました。

X+4年、出かけるときに着ていた上着を、着ないで帰ってきます。待てない症状が悪化し、薬の処方を待つあいだに怒り出して「もう帰る!」と言って家に帰ってきてしまいます。まだ運転していましたが、信号が変わるのが待てなくなり、赤でも交差点を突っ切るようになりました。そして警察に捕まりました。運転を止めるように指示しました。

妻は言いました。

「若いころから私に暴力を振るったり、短気なこともありました。そのころから病気だったんでしょうか」

「さあ、わかりません。病気だったかというとなんとも言えません。一つ言えるのは、『病前性格』といって病気が始まる前に脳に変化があって、それが行動に現れることもあるのです。あるいは性格が災いして病気になりやすいということもあります」

MMSEを行うと23点でした。MMSEは、通常アルツハイマー型認知症の進行度合いを見るために行う30点満点の簡易な知能検査です。レビー小体型認知症では認知機能の変動が激しく、あまり当てになりませんが、現在の認知機能を評価する参考程度にはなります。23点ですと、軽度認知障害〜初期の認知症程度の段階です。

メマンチン

X+5年、運転を止めるよう再三指示していましたが運転を続けており、信号無視を繰り返していました。運転をめぐっては妻との喧嘩が絶えず、殺伐としてきました。

メマリー®︎を併用開始しました。通常は20mgまで増量する薬ですが、10mgまで増量したところ穏やかになりました。メマリー®︎はレビー小体型認知症の薬ではありませんが、神経細胞の余計な興奮を抑える作用があり、精神症状が落ち着くことがあります。

また、メマリー®︎を始めてから病識が戻ってきて、メモを再開しました。がんノイローゼも改善し、ドクターショッピングも下火になりました。自動車運転についても、なんとか説得できやめさせることができました。

症状の波

このころから明らかな症状の波が出現しました。調子がいいときは物わかりがよく素直で穏やかです。調子が悪いと意固地で怒りっぽく、会話が通じないと暴言を吐きます。症状の波もレビー小体型認知症の中核症状です。

X+6年、MMSE23点でした。生活も変わりません。運転はもうしていませんでしたが、免許の更新があり教習所のテストで記憶力の低下を指摘されました。妻に「もう運転はしないほうがいいね」と言われたら素直に免許を返納しました。

ところがその年の暮れ、突然6年前のような激しい精神症状が出現しました。「この婆あ、お前が認知症だ!」などと言い、激しく罵ります。風の音にびっくりし「人が入ってきて殺される!」と騒いで家中の窓や鍵を閉めて回ります。

X+7年、MMSE22点でした。精神症状に対し漢方の抑肝散の処方を検討しましたが、どうしても嫌がって処方させてもらえません。このため、妻が代理受診した際に少量のリスパダール®︎を処方しました。1日に0.5mgという少量です。妻が他の薬に混ぜて服用させました。すると怒らなくなりました。

家庭内暴力は症状だったのか

「きっと夫はもともと病気だったんですね。若いころの暴力は激しくて、私が立てなくなるくらいの殴る蹴るの暴力を受けたこともありました。そのころから治療をしていれば、違ったんでしょうか」

「それはわかりません。しかし、病気の始まりだった可能性はあると思います。当時はこの病気の診断も治療もない時代ですから、病院に行ってもわからなかったでしょう。これからのことを考えていけばいいですよ」

数カ月後、リスパダール®︎の副作用が出現し、薬剤性パーキンソン症候群が加わり、体の動きが悪くなり、動作緩慢で動きにくくなりました。このため、リスパダール®︎を中止しました。中止しても穏やかな状態が続いたので、また症状の波が出て精神症状が激しくなったら薬を頓服で用いることにしました。

症状の進行

X+8年、MMSE23点でした。このテストでわかるような認知機能の低下はほとんど進行していないのです。

悪化しているのは前頭葉症状でした。すなわち「待てない」「パターン化した生活」などです。そのほかに、指示語が増えるなどの失語も悪化していましたが、MMSEの点数に影響するほどの低下はありませんでした。

ついに幻視が出現しました。「ゴキブリが10匹ぐらいいる」「誰かいる」と騒ぐようになりました。これで中核症状4つが揃いました。シャワー栓やリモコン操作ができなくなりました。

吃音が出現しました。語頭を何度も言ってしまう症状で、パーキンソン症候群の一つです。会社に行っても仕事にならなくなり、デイサービスに通わせたいということになりました。このため、介護保険申請することになりました。

これを機に、8年前に受診して「異常なし」と言われた大きな病院に再度受診して、精密検査を受けさせたいと妻が希望しました。私は症状を事細かに書いた診療情報提供書を送りました。大きな病院での短時間の問診では妻が話せなかった内容も含めて全部です。

症状が出そろったところでの診断

大きな病院では、画像検査だけでなくDATスキャン、脳血流SPECTを施行しました。その結果、レビー小体型認知症と確定し、アルツハイマー型認知症も合併してきているということでした。困った症状は病気の初期からあったのですが、病気が進んでようやく診断が確定しました。

X+9年、介護認定申請し、要介護1になりました。会社の代わりにデイサービスに通い始め、月曜日〜土曜日までグラウンドゴルフや輪投げなどに楽しく参加するようになりました。会社に行っていたときとは違い笑顔が増えました。

パーキンソン症候群による歩行障害が進行し、階段から落ちました。視覚認知障害も出現し、物が歪んで見えたり、食卓に並んだ皿の一部が見えません。

アルツハイマー型認知症の合併で、急激に認知機能が低下してきました。MMSE17点に下がりました。失行が出現し、着衣失行でシャツの袖に足を入れたり、鍵の掛け方や携帯電話の使い方を忘れ、時計も読めなくなりました。猫の餌も食べてしまいました。失禁も始まりました。アリセプト®︎は長く5mgを継続してきましたが10mgに増量しました。

交番に駆け込む

X+10年、日常生活動作ができなくなり、MMSE16点です。MRIでは海馬の萎縮も顕著になりました。レビー小体型認知症ではほとんど見られない徘徊が出現しました。こちらはアルツハイマー型認知症の進行によるものです。場所的見当識障害の出現です。

妻の話です。

「10年前は、私が先生から『交番に行きなさい』と言われていたのに、いまでは夫が毎日交番に駆け込むんですよ」

夜、寝巻き姿で外に出て迷子になり、度々交番に助けを求めます。本人は「トイレに行こうと思ったけど場所がわからなかった」と言います。警察官に家まで送ってもらいます。また、ときどき昔の妄想を思い出すのか、「殺される!」と言って交番に駆け込みます。しょっちゅう交番に行くので妻が注意されました。遊びに来た孫が「おじいちゃん、もう交番に行っちゃダメだよ」と言ってくれましたが、おさまりません。

今度は、どうしたら本人が交番に行かないですむかを考えましょう。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。