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認知症は慢性の疾患で、ゆっくりと進行します。
経過を見るための通院は3カ月、半年、長い人であれば1年、2年といろいろです。もちろん「症状が変わったら、すぐに来院してくださいね」と声をかけることは欠かしません。

「症状が変わる」というのは、認知症が進行して新しい症状が出てくることを想定しています。

いままでは毎朝自分から新聞を取りに行っていたのに、声かけしないと取ってこなくなった。
スーパーに買い物に行くと、帰りに迷子になるようになった。
お風呂に入るのを嫌がるようになった。
料理の味付けがやたら濃くなった。

さまざまな変化があります。

それらの変化はゆっくりで、ある時出現したかと思うとしばらくなくなることを繰り返し、徐々に頻度が増え、最終的には常時になります。その変化を感じ取れるスパンは3カ月程度のことが多いので、経過を見るのに3カ月に1回程度の通院を推奨しています。

そうやって長い年月で様子を見ているときに、突然の変化が起こることがあります。認知症は慢性疾患で、基本的には突然変化することはありません。突然の変化、それは何か別の問題が起こっていることを示唆しています。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 048
92才女性

当院に15年前から通院している女性が、いつもと違った様子で来院しました。

いつもなら、きちんと受付で診察券と保険証を出すのですが、その日は財布しか持っていませんでした。足元がふらついており、よろよろしています。また、ぼんやりしており「おかしいんです、おかしいんです」と言います。会話も噛み合いにくいです。いったいどうしたのでしょうか。

これまでの経過

X-15年、若いころから頭痛持ちだったのですが、半年ほど前から頭痛だけではなくめまいがするとのことで、当院初診しました。めまいの症状について問診すると、「朝起きて、布団から立ってトイレに行こうとすると、目の前が真っ暗になり、気が遠くなる」ということでした。

めまいとひと言で言っても、いろいろな病気が含まれます。回転性めまいは内耳や小脳、浮遊性めまいは自律神経障害による起立性低血圧などです。また、患者さんの言う「めまい」が医学用語のめまいとは違う意味で使われることもあるので注意が必要です。「めまい」が、足の運びが悪いことを指したり、意識が朦朧とすることを表している場合もあります。

神経学的診察を行いましたが、めまいの原因になるような眼振、失調などはなく、血圧が低めであること以外に異常はありませんでした。頭部MRI検査でも異常はありませんでした。起きて立ち上がって歩き出すと、眼前暗黒感があるので、起立性低血圧症と診断しました。

別のめまい

しばらくすると、また「めまいがします」と言って受診しました。今度は「寝ようとして枕に頭をつけるときと、起きようとして体を起こしたときに、ぐるぐる回る感じがする」というものでした。回転感は数秒で治まりますが、頭の位置を変えるたびに症状を繰り返すということでした。

頭位変換時のめまいです。内耳性めまいと考えられました。トラベルミン®︎のようなめまい止めを処方し、すぐに良くなりました。「耳からくるめまいですよ」と説明すると、「耳鼻科に相談してみます」と言っていました。

繰り返す内耳性めまい

X-14年、また「めまいがする」と言って受診しました。前回「耳からくるめまい」と説明してあったので、今度は先に耳鼻科に行きめまいの薬をもらっていました。耳鼻科の医師から「脳の病気でも回転性めまいがすることがあるので、念のため診てもらうように」と言われたとのことで受診しました。

神経学的異常はありませんでした。内耳性めまいと思われました。診察時にはめまいはなく、眼振は生理的範囲の出現で、病的ではありません。頭部MRIを施行しましたが、異常所見は見られませんでした。萎縮も虚血性の変化もありません。

頭位変換めまいは、良性頭位性めまいとか、内耳性めまいともいいます。内耳にあるカタツムリのような形の骨、三半規管の不調によって起こります。三半規管の中にある体の向きを感知するセンサーの働きが敏感過ぎたり、耳石という三半規管の中にあるセンサーの部品の位置がずれてしまうと起こるのです。

この人は、一度めまいが起こったら、次の年にもめまいが起きてしまいました。このように、内耳性めまいは三半規管の不調が続いて何度も繰り返すことがあります。

転倒

X-11年、3年ぶりに来院しました。今度は「家の前にあったゴミのネットに引っかかって転倒しました」ということでした。左顔面に内出血が見られます。

神経学的に異常所見はありませんでした。頭部MRIを施行すると、転倒による硬膜下血腫や脳挫傷はありません。しかし、以前は見られなかった無症候性ラクナ梗塞がいくつかできていました。ほかに何か病気がないか問診すると、内科で腹部大動脈の動脈硬化を指摘されたとのことでした。ラクナ梗塞は全身の動脈硬化の進行によるものと考えられました。

もの忘れ

X-8年、また3年ぶりでした。今度は内耳性めまいでした。朝と夜、起きるときと寝るときです。7年前からある症状と同じです。毎度のことですが、診察時にはめまいはなく、神経学的診察でも異常はありません。頭部MRIでは、3年前から見られる多発性ラクナ梗塞に変化はありません。

繰り返す内耳性めまいを解消するには、めまい体操が有効です。耳石のずれを治す体操です。めまい体操のやり方を指導しました。

指導を終えて「お大事に」と頭を下げるといったん立ち上がりましたが、部屋から出ようとせずぐずぐずしてなかなか帰ろうとしません。何か言いたいことがあるのです。

「まだ何か気になることがあるのですか?」と尋ねました。すると「もの忘れがあるんです。脳が縮んでいませんか?」と言いました。私は本人を椅子に座らせて、頭部MRIの画像を見せました。

「いいえ、脳は萎縮していません。3年前と変わらないですよ」

それを聞いても納得がいかない表情です。
もの忘れについて問診しました。

「どんなことを忘れますか?」

「隣の部屋に物を取りに行って、何をしに来たのか忘れます。元の部屋に戻ると思い出せるんですが」

「ほかには?」

「テレビに出ている俳優さんの名前が、なかなか思い出せないんです。喉元まで出てきているのに、ずっと思い出せなくて、次の日になって急に思い出したりします」

「なるほど。俳優さんの顔はわかるんですね?」

「はい、そうです。顔もわかるし、歌っていた歌もわかるんですけど、名前だけ出てこないんです」

「ほかにもありますか?」

「スーパーで買おうと思っていたものを買い忘れます。家に帰ってきて気づくんです。それでまた買い物に行くんです」

「ほかには?」

「そんなところです」

「もの忘れがひどくて、生活に支障がありますか?」

「いいえ、支障というほどのことはありません。二度手間になることはありますけど、しょっちゅうではないので」

記憶障害の種類

記憶には3つの段階があります。覚えること=記銘。覚えておくこと=保持。思い出すこと=想起。この3つが揃ってこそ、記憶が機能します。

老化で想起力が衰えます。保持されている記憶を思い出せないことが想起の障害です。子どものころや、二十歳ぐらいまではすんなり思い出せるのに、その後徐々に低下します。だんだん指示語が増えてくるのです。一生懸命考えれば思い出せたり、人に教えてもらうと「そうそう、それが言いたかった」とすぐにわかるのは想起力の衰えです。病気とは言えません。老化です。

認知症で問題になるのは、3つの段階の最初の段階、記銘力です。記銘ができないと保持ができないので、想起もできません。記銘できないということは「いくら考えても思い出せない」「教えてもらっても、わからない」状態です。最初から記憶が保持されていないからです。この人の記憶障害は、想起力の障害であることがわかりました。

もう一つ、生活に支障がないことも重要です。認知症の記憶障害は、生活に支障が出てきます。見当識が障害されるため日付や曜日の感覚がなくなり、大事な予定を忘れます。判断力や理解力も低下するので、生活していくうえで必要な意思決定が正しく行えなくなるのです。

問診したうえで、「あなたの物忘れは老化の範囲です。心配いりませんよ」と話しました。

軽度認知障害

X-4年、4年ぶりにめまいで受診しました。今回はずいぶん間隔が空いています。症状は「布団から起き上がるときに」と、いつものめまいです。今回も診察時には症状はなく、神経学的にも異常所見はありません。

頭部MRIを施行すると、多発性ラクナ梗塞は変化ありませんでしたが、両側の側脳室下角が少し拡大していました。隙間ができていました。軽度の海馬の萎縮です。萎縮してきたのは初めてです。もの忘れについての問診は必須です。

「もの忘れはどうですか?」

「もの忘れは前からあります。ひどいです。物を家の中のあちらこちらに置き忘れます。財布や鍵などです。探し物をしている時間が増えました」

「念のため、もの忘れの検査をしてもいいですか?」

「はい、お願いします」

MMSEを行いました。この連載でも何度も出てきている、簡易な知能検査です。当院では、もの忘れなどを訴えるほぼすべての人に行います。簡単にできて、おおよその高次脳機能が把握できるからです。30点満点で、記憶力や見当識、注意力、集中力、言語機能などを見ることができます。MMSEは29点でした。記銘力の項目で1失点でした。

もの忘れがあり、自覚があります。

「生活に支障がありますか?」

「大丈夫です。一人暮らしができています」

自覚があり、生活に支障がありません。軽度認知障害です。海馬の萎縮が始まりましたので、アルツハイマー型認知症へ移行していく可能性があります。MCI due to AD(アルツハイマー型認知症による軽度認知障害)です。

経過観察が必要なので、1年ごとに定期的に検査に来るように伝えました。

前庭神経炎

X-3年、1年弱ぶりに受診しました。定期検査の日にちにはなっていませんでしたが、また、起床時のめまいです。今度は、めまいに伴い吐き気があり、2日前は食事が取れなかったということでした。今日はお粥がなんとか食べられますが、持続時間が数秒の回転性めまいが、寝たり起きたりするたびに繰り返します。

今回は、めまいが起こるきっかけがありました。風邪をひいて喉がいがらっぽく、2〜3日咳が続いていたというのです。感冒症状に続いて内耳性めまいを発症することがあります。前庭神経炎という病気です。風邪のウイルスによる炎症が内耳に波及して、ひどいめまいの発作を起こします。重症な人では体を動かすたびにひどいめまいと吐き気があり、身動きできないので寝たきりになってしまいます。食事も取れないので、入院してもらい数日間点滴治療をすることがあります。

最近の他院の受診状況を聞きました。

「緑内障と言われて、眼科に通院しています」

緑内障は頭痛の原因になりますが、この度のめまいとは無関係でしょう。

前回判明した軽度認知障害の経過を見るために、MMSEと頭部MRIを施行しました。MMSEは27点で、めまいの影響で体調不良なためか、集中力が低下しており引き算を途中で間違えました。軽いせん妄状態です。記銘力項目の失点は、前回と同じ-1点です。軽度認知障害の進行は見られないと判断しました。

頭部MRIでは、以前に比べて多発性ラクナ梗塞の数が少し増えていました。ラクナ梗塞はレンズ核に多発しており、めまいの原因病巣ではありません。海馬の萎縮は前年同様で、大きな変化はありません。

自宅には、耳鼻科から処方されためまいの薬があるということだったので、それを服用してもらいました。

手のしびれ

X-2年、半年ぶりに受診しました。めまいは寝たり起きたりするときに、ときどき起こるということでしたが、もう慣れたようで気にならないとのことでした。

今回は「朝から左手がしびれる」ということでした。よく聞くと、「右手もしびれている」と言います。「両手だけど、左手がひどい」ということです。神経学的診察では、両手のビリビリしたしびれ感が前腕から手にかけて見られます。運動麻痺はありません。

「最近、ほかの病気はないですか?」と尋ねると、「整形外科にかかっています。そこでも手がしびれると話したら、『頚椎が変形しているから、そのせいかもしれない』と言われました。でも、脳からくることもあるから、念のため神経内科に行くように言われたんです」と言います。

両手の感覚障害を来す脳梗塞は珍しいのですが、念のためMRIを施行しました。所見に変化はありません。経過を見てもらいました。

足のしびれ

半年後、今度は「両足がしびれる」とのことでした。両手のしびれも持続しています。両手両足のしびれというと、ポリニューロパチーが思いつきますが、ポリニューロパチーは通常長いほうの神経から症状が出ます。長いのは足の神経です。足のしびれが出て、あとから手のしびれが出ます。この人は順番が逆です。

「最近も整形外科に通院していますか?」

「はい、腰椎が変形していると言われました。足のしびれは腰からだと言われているんです。でもどんどん悪くなるので心配で」

杖をついていました。いままで杖をついてきたことはありませんでした。歩いてもらうと、足の上がりが悪く、すり足です。ややワイドベースですが、歩幅も狭く、パーキンソン症候群です。両側レンズ核の多発性ラクナ梗塞による血管性パーキンソン症候群を来しているようです。パーキンソン病の歩行障害との違いは、ワイドベースであること、そのほかのパーキンソン病の症状が見られないことで見分けることができます。

神経学的診察では、足の感覚障害はなく、本人が「しびれ」と訴えていたのはパーキンソン症候群による歩きづらさを表していたのでした。膝が曲がった姿勢で歩いており、膝の痛みを訴えます。

また、杖を持つ手首が痛くなります。手の症状は手根管症候群です。手首に負担がかかりすぎているのです。手根管症候群の合併で手のしびれも悪化します。体のあちらこちらに痛みやしびれがあり、整形外科では鎮痛薬が処方されるようになりました。

鎮痛薬が増える

X-1年、年に1度の検査ということで受診しました。難聴になりました。補聴器をしないと聞こえません。MMSEを行い26点でした。じわじわと記銘力の項目での失点が増えています。それでもまだ軽度認知障害レベルです。

MRIで海馬の萎縮がわずかに進んでいます。多発性ラクナ梗塞はありますが、再発はありません。日常生活動作は自立しており、認知機能低下による生活への支障はありませんでした。手首、両膝の痛みはますます悪化しており、整形外科でもらっている鎮痛薬の種類は、3種類に増えていました。

急変

X年、整形外科のクリニックからの帰り、クリニックの玄関を出たところで転倒しました。整形外科の医師が「すぐに検査に行くように」と指示し、当院に受診しました。いつもはちゃんと診察券と保険証を持参する人が、財布しか持っていませんでした。

受診時、朦朧としており、せん妄状態です。歩行障害があり、バランスが悪く千鳥足のようです。のんびりしている場合ではありません。すぐに頭部MRIを施行しました。MMSEも行いました。MMSEは21点でした。1年前から5点の低下です。アルツハイマー形認知症の場合、1年間で2〜3点下がるのが平均的なのですが、いきなり5点も低下しています。意識障害の影響です。

本人は朦朧としていましたが会話は可能でした。

「何があったのですか?」

「3日ぐらい前からなんとなく体調が悪くて、気持ちが悪くて食事が食べられませんでした」

漠然とした症状です。

「転びませんでしたか?」

「数日前に転んで、前はたまに転ぶだけだったのに、この3日間は1日に何度も転びました」

出来上がった頭部MRIの画像を見ると、多発脳内出血、くも膜下出血も2カ所にみられ、大脳のあちらこちらに脳浮腫を伴い、水頭症も合併していました。脳神経外科がある病院に搬送しなければなりません。付き添ってくれる家族はいないか確認しましたが、本人の話では近所に親戚はなく、友だちも皆他界して、相談できる人といえば近所の神社の宮司さんだけということでした。

「1人で行けます」と言うのですが、当院の看護師が付き添って、タクシーで行ってもらうことにしました。

通院再開

2カ月後に本人が受診しました。診察室に入るなり「ボケています」と言いました。脳神経外科医からの診療情報提供書を持参していました。

あれから緊急入院になり、保存的に脳浮腫の治療とリハビリテーションを行い、無事に自宅退院したということでした。大量に内服していた鎮痛薬は入院中に整理され、薬の数が減っていました。薬の量が多いこと自体が、転倒やせん妄のリスクになると言われています。薬は少ないほうが良いのです。

「まだなんだかぼーっとしているんです。ボケてます」

せん妄状態が遷延しているものと考えられました。せん妄が改善するのに数カ月かかることもあります。

入院中に介護認定申請を受けていました。すでにケアマネジャーはヘルパーサービスを導入していました。私はケアマネジャーに連絡を取り、診療情報を提供しました。めまい、転倒、頚椎や腰椎の整形外科的問題、血管性パーキンソン症候群、外傷性くも膜下出血、手根管症候群についてです。

さらに3カ月後のMMSEは27点でした。せん妄の影響がなくなり、元の軽度認知障害の状態に戻ったのです。

それから1年後

X+1年。93歳になりました。

「たまに頭痛がします」と言います。診察すると、下肢筋力の低下は軽度あり、椅子からの立ち上がりは手すりを持ってなんとか自立というレベルです。ADLは自立です。退院当初は週2回だったヘルパーサービスは週1回でもよくなりました。

「まだ一人暮らしをしています。ヘルパーさんに買い物や家事を手伝ってもらっています。できるだけ一人でがんばりたいんです」

MMSEは26点、頭部MRIでは両側海馬の萎縮が緩徐に進行中です。外傷性くも膜下出血で水頭症を合併して以来、側脳室拡大も目立ってきています。まだ抗認知症薬の処方はしていません。90歳代の人に、軽度認知障害の段階から抗認知症薬を処方するのは、薬が多すぎるポリファーマシーの問題や、薬物代謝機能が低下していて副作用が発現しやすいなど問題があります。

「まだ認知症になっていませんよ。一人暮らししてくださいね。何もなくても3カ月後、何かあったらすぐに相談に来てください。今日も、お薬はありません」

私はいつまで、この人の一人暮らしを手伝うことができるのでしょう。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。