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「認知症」というと慢性疾患の印象があります。ほとんどの場合、何年もかかって緩徐に進行します。しかし、なかには急速に進行することがあります。

進行が速いということは病状が急激に変化するということです。一過性に症状が悪化する意識障害の一種、せん妄もありますが、それ以外にもいろいろな原因があります。原因が見つたったらそれを取り除く努力が必要です。どうすればいいのかわかっていれば、簡単に運びそうに思えます。

ところが、ことはそう簡単には運びません。そこにはさまざまな障壁が立ちはだかっています。

CASE 061
75才男性

初診患者の娘がバッグから録音装置を取り出しました。ICレコーダーです。

「先生の説明を全部録音させてください」

診察の会話を全部録音すると言うのです。どのように対応したらいいのでしょうか。

これまでの経過

若いころから糖尿病でインスリンを打っていました。

X-5年、歩幅が狭くなり、特に狭い室内などでは小刻み歩行がみられるようになりました。

症状はゆっくり進行しました。歩行障害の症状です。そのほかに症状はありませんでした。

X年、歩行障害以外の症状が出てきました。呂律が回らなくなり、単語が思い出せなくなって言葉に詰まるようになり、考えを相手に伝えることができなくなってきました。

以前に比べて短気で怒りっぽくなりました。このため娘が心配して、当院受診となりました。

初診時の状態

初診時に問診すると複雑な話は理解できず、会話がかみ合いません。言葉が思い出せないので言葉に詰まってしまいます。また違う単語を言ってしまうなど言い間違えが増えました。

娘の話では、感情の起伏が激しくなったとのことでした。頑固になり、家族の言うことを聞きません。

身体症状

身体的には、便秘になりました。便秘はパーキンソン症候群に伴う自律神経症状です。また、食事中むせるようになり、たびたび咳込みます。嚥下障害です。

広い道路や部屋ではすたすた歩くことができます。

エスカレーターはタイミングを見計らってステップに乗らなければなりませんが、それができなくなりました。エスカレーターを嫌がり、階段かエレベーターを使うようになりました。これもパーキンソン症候群によく見られる現象です。

階段昇降時は、手すりにつかまって上るのは比較的スムーズです。しかし、下りは難しくなりました。1段1歩で降りることはできず、1段2歩です。このような階段昇降の障害もパーキンソン症候群に特有の症状です。

急激な進行と病識

急速にいろいろな症状が出現してきているため、家族は戸惑っていました。

本人はアマチュア無線が趣味でしたが、無線で会話中に相手から「しゃべり方がおかしい」と指摘されて自分でも気が付きました。そして不安になりました。

自動車運転については、前年に免許を更新した際はまったく問題がありませんでした。

違反歴について聞くとX-2年に一度、一時停止不停止で捕まったことがあるとのことでした。本人がそれについて語ったときに、「一時停止不停止いしいし」と言いました。語間代です。語尾を何度も繰り返してしまう症状でした。失語症状の一種で、アルツハイマー型認知症でも現れますが、かなりの末期にならないと出現しない症状です。

そのほかに運転中の問題がないか尋ねると、最近になり車をたびたび擦ることがあるということでした。車を擦るのは車両感覚の障害です。運転中の人は自分の体の延長線上のものとして車体を認識します。これが車両感覚です。このような感覚は脳内に車体のマップが作られることによって得られるのです。車だけではなく、剣道の竹刀、野球のバットやグローブなど身につける道具にも生じる感覚です。

拡声器で会話

医師との会話中に何度も聞き返すので、拡声器を使用して会話しました。

「歩くのに問題ないですか?」

「問題なく」

「話すのに問題ないですか?」

「おしゃぶりしにくいです」

などと、ところどころ言い間違えを認めました。錯語といいます。一文字間違えるのは字性錯語です。

難聴だけではなく、言葉自体に問題がある印象でした。

認知機能

MMSE27点でした。MMSEは、大ざっぱに認知機能を評価するための簡易な知能検査です。30点満点です。できなかった項目は、文章の復唱と3段階の命令、文章を書く項目でした。どれも言語に関わる項目です

文書の復唱は、「みんなで力を合わせて綱を引きます」という文章を検者が読み上げて、同じように復唱してもらいます。これが言えませんでした。

3段階の命令については、3つの動作のうち2つしかできませんでした。

文章を書いてもらう課題では、「ここは駅から近くところ」と書きました。本来なら「近いところ」と書くべきですが、やはり錯語があります。

MMSEの点数だけであれば軽度認知障害ですが、これまでの診察を総合すると失語症があると考えられました。

画像所見

これらの症状の根拠となる病巣がないか調べるために、頭部MRI検査を施行しました。

大脳には顕著な萎縮がありました。側頭葉内側面の海馬周辺が萎縮しています。そのほかに大脳基底核の萎縮を反映していると思われる第三脳室の拡大がみられました。両側側脳室も顕著に拡大しています。

軽度の慢性虚血性変化はみられますが、明らかな脳梗塞はありません。

主たる所見は第三脳室拡大を伴う大脳全体の萎縮となります。失語の存在を考えると「進行性失語症」が疑われます。いろいろな原因で起こる病気ですが、進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症、筋萎縮性側索硬化症の仲間の病気でも起こることがあります。

パーキンソン症候群を伴っているので、大脳皮質基底核変性症が最も疑われます。

全部録音する家族

病状説明のために家族を診察室に呼びました。

「検査の結果が出ました」

私がそう言うと、付き添ってきた娘がバッグからIC レコーダーを取り出しました。

「私ではほかの家族に説明するのが難しいので、先生の話を全部録音させてください」

これまでにも診察中に画像検査の結果を写真に撮りたいとか、病名を紙に書いて渡してもらいたいなどと言われることはありましたが、全部録音したいと言われたのは初めてです。驚きましたが許可しました。

病状説明

いろいろな原因疾患が考えられることについて説明しました。それらの病気を鑑別するための精密検査についても説明しました。

精密検査で診断できる病気としては、大脳皮質基底核変性症があります。当院の近くにDATスキャンが行える病院があり、日ごろから連携しているので検査の予約をスムーズに取ることができます。まずはその検査を勧めました。

自動車運転の問題についても話し合いました。免許証を早急に返納したほうがよいとアドバイスしました。

DATスキャン

両側線条体集積高度低下がみられました。パーキンソン病やレビー小体型認知症、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、多系統萎縮症でもこのような所見はみられます。線条体への集積に左右差があったことから大脳皮質基底核変性症の可能性が高いという結果でした。

速い進行

検査の結果が出て説明するまで3週間かかりましたが、その3週間のあいだにも進行したということでした。

通常、アルツハイマー型認知症のような緩徐に進行する病気の場合、3カ月くらい経たないと症状の変化がわかりません。

3週間で症状の変化があるということは、認知症の進行ではなく、一過性のせん妄の場合がほとんどです。その原因は、脳梗塞や感染症、外傷などが多いです。しかしながらそのような原因を示唆する所見はありませんでした。

会話がまったくかみ合わなくなり、ほとんど理解もできません。何か言おうとしても違う単語が出てきてしまいます。意思疎通が難しい状態です。

保たれているADL

しかし、言語機能の低下の割には日常生活動作が保たれていました。朝起きて夜寝るまでの日常生活は全部1人でできます。テレビで時代劇なども観ています。

起床時の顔つきがこわばっており、いわゆる仮面様顔貌を呈しています。朝起きてから少し経つと徐々に表情が戻ってきます。

瞳孔が開いてしまっていることがあり、その状態ではまぶしくてよく見えないと訴えます。羞明という症状です。これもパーキンソン症候群によくある症状です。

失行の有無を確認するために影絵の狐の真似をしてもらいました。これはできました。

巧緻運動障害の有無を見るために指タップも行いましたが、こちらは非常に遅くなっています。早く行おうとすると振幅が小さくなってしまいます。

拡声器を使っても会話が難しかったので、試しに筆談を行ったところ少し意思疎通ができました。

ちょうど確定申告の時期でした。1年前は自分で確定申告ができましたが今回はできませんでした。

進行予防を試みる

診断が出て、今後の治療方針について話し合いました。

娘は「薬を出してほしい」と言いました。アルツハイマー型認知症以外の認知症でも、日本神経学会の認知症疾患ガイドラインを参考に抗認知症薬を使用します。私はアリセプト®︎を処方しました。

また、非薬物療法も重要です。機能維持を図るため、私から地域包括支援センターに連絡して、介護認定申請を行ってもらいました。

介護保険サービスの訪問リハビリテーションで言語聴覚士、理学療法士に入ってもらい、自宅内での転倒を予防するため手すりの設置を依頼しました。

認定調査時の様子

初診からちょうど1カ月半で認定調査が行われました。

地域包括支援センターの担当者が認定調査を行い、その日のうちに私に直接電話で連絡をしてきました。

調査時に会話ができず、ホワイトボードを使用して筆談を行ったということでした。認定調査の時点では日常生活動作は自立しており、入浴も1人でできているということでした。

地域包括支援センターの担当者が私に伝えたかったのは家族の関係でした。当院に付き添ってきた娘と自宅で世話をしている妻の関係がギクシャクしている様子が見受けられたということでした。母子のあいだには緊張感があり、雰囲気がピリピリしていました。本人もそれを感じているようで、2人に気を遣っている様子があったとのことでした。

便失禁の出現

その1週間後から便失禁をするようになりました。下着やズボンを汚すので、娘から地域包括支援センターの担当者に相談が入りました。

アリセプト®︎のようなコリンエステラーゼ阻害薬の副作用で軟便になることがあります。アリセプト®︎服用開始後に便失禁が出現したので軟便の影響かもしれないと考えました。

地域包括支援センターの担当者はリハビリパンツの利用を勧めましたが、「言葉が通じないので本人に勧めるのが難しい」という理由で妻が難色を示しました。担当者の勧めで、妻も当院に相談に来ることになりました。

妻の登場

ようやく妻が当院に来院しました。娘もいっしょです。本人は妻に対して、気に入らないことがあると威嚇するとのことでした。

診察時に娘は最初から最後までICレコーダーで録音しています。

話を聞くと、本人の生活ぶりは起きてから眠るまで日常生活動作は自立しており、保険証も自分で管理していました。糖尿病ですが甘いものが大好きです。自宅からお菓子がなくなると自分で買いに行きます。近所の店で簡単な買い物はできていました。

糖尿病の薬の管理も自分でやっているということでした。本人はそう主張していました。家族に薬を渡そうとしませんでした。インスリンの自己注射がちゃんとできているのか、アリセプト®︎をきちんと飲んでいるのかどうか私は疑問に思いました。

しかし、本人だけでなく妻も娘も「本人は自分で薬の管理ができています。インスリンもちゃんと打てているし、アリセプト®︎もきちんと飲めています」と主張します。

「便失禁の原因はアリセプト®︎の副作用である軟便かもしれません」と私は言いました。

娘は「アリセプト®︎を飲み始めたら、家族が話しかけたときの反応が改善しました。便失禁は最初は頻繁でしたが徐々に改善し、いまはむしろ便秘気味です」とのことでした。

本人はテレビで時代劇を観るのが好きで、時間になるとチャンネルを合わせて観ています。またパソコンにパスワードを入力してログインし、毎日の株価を眺めるのも日課でした。それも継続できていました。

本人はいままで通りの生活をしたい様子でした。娘も、好きな時代劇とパソコンをこれからもやらせてあげたいと言いました。

アリセプト®︎は継続し、便秘薬のアミティーザ®︎を併用することにしました。

在宅サービス利用したくない妻

アミティーザ®︎により便秘は解消しましたが、便失禁が再燃しました。便失禁が始まってから、妻が「いっしょにいられない」と言い出しました。

娘はいろいろなサービスを利用して、本人の意に沿うような生活を何とか継続したいと考えていましたが、妻はサービス利用に拒絶的で、すぐにでも施設に入ってもらいたいと言いました。

このころから本人の嚥下障害が悪化して、常に喉に痰が絡んでいるような状態となり、食事のときにもむせています。

初診から2カ月で筆談もできなくなりました。

妻が言いました。

「夫の病気が受け入れられません。一日中いっしょにいてつらいです。いっしょにいられません」

妻のレスパイトが必要です。本人をデイサービスやショートステイに預けていっしょの時間を減らす必要があります。

認定調査から半月しか経っておらず、介護認定はまだ下りていませんでした。私は地域包括支援センターに連絡して、認定申請中にサービス利用を開始できる「みなし」でのサービス導入を依頼しました。

寝たきり

今後の意向について本人と家族の気持ちを確認したその次の週、本人がベッドから起き上がれなくなり、食事も自分で摂れなくなりました。

急展開です。インスリンも打てませんし、アリセプト®︎も飲めません。

元来通院していた糖尿病の主治医が検査したところ、糖尿病のコントロールが不良になっていたそうです。著しい高血糖でした。早急に血糖値のコントロールが必要と言われ、糖尿病の主治医は「本人では無理なようだから」と妻と娘にインスリンの打ち方を指導しました。そして入院を勧めました。

地域包括支援センターの担当者から電話がありました。

「血糖コントロールができていなくて、糖尿病の主治医が入院を勧めたが話が進んでいません。『朝晩自己測定して500mg/dLを超えたら5単位打つように』と言われているそうですが、娘は『おおざっぱすぎる』と言って糖尿病の主治医に不信感を抱いている印象です。

そのほかに生活での困りごとなど質問しても、妻も娘もあまり話をしてくれません。警戒している様子があり包括(地域包括支援センター)に対しても不信感を持っているのかもしれません。介入できなくなる恐れがあるため、今日の話も包括から聞いたと言わないでください。

包括としては血糖コントロールをしてもらうことが先決ではと考えています。受診のタイミングがあればクリニックからも入院を促してください」

との内容でした。

血糖コントロールのための入院

地域包括支援センターの担当者からの電話を受け、次の診察時に私は入院を提案しました。

「まずは食事と薬だけきちんと管理できれば血糖値のコントロールは可能だと思います。療養病棟へ入院したほうがよいでしょう」と勧めました。いくつかの病院を提示して選んでもらいました。

本人にも簡易な言葉で拡声器を使って説明を試みましたが発語による返答はありませんでした。私が話し終わらないうちに診察室の椅子で眠り込むような状態でした。「お父さん」と娘に起こされて目を開けました。私のほうを見て何かのジェスチャーをしましたが、本人の入院に対する意思は汲み取れませんでした。

妻も娘も入院については診察時に判断できず「持ち帰って検討します」と言ってその日には決まりませんでした。

面会ができない

ちょうど新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた時期でした。それにより面会できないことに対するこだわりが強く、妻も娘も納得できないということでした。

次善の策として、地域包括支援センターの担当者が有料老人ホームを紹介しました。病院と提携しているホームです。糖尿病の主治医の話ではインスリン注射が必要とのことでした。自己注射はできませんが、ナースがいるホームなので注射できます。

病院ではない場所でリスクのある治療ですが、病院に隣接しており対応できそうだということでした。

こだわりが強い

地域包括支援センターの担当者が、再び私に電話をかけてきました。

家族の理解力が非常に悪く、有料老人ホームも断られました。詳細は不明ですが、妻は精神疾患を患っているようだとのことでした。

娘もこだわりが非常に強く、地域包括支援センターの担当者が訪問するたびに会話内容をすべて録音しているということでした。当院診察時と同じ状況のようです。

担当者が訪問時に娘の対応を見ていると、娘が自分の思っている段取り通りに物事が進まないとイライラするなど発達障害のような症状を呈しているとのことでした。

家族のこだわりで適切な判断ができず、必要な医療を受けさせないことは本人に不利益になります。そのために血糖コントロールが不良となり身体状況悪化の恐れがあるのならネグレクトと判断し、虐待ケア会議で介入する必要があると思いました。

私は地域包括支援センターの担当者と電話で話し「強制介入で本人を保護する必要がある」と意見を述べました。担当者の意見も一致しました。翌日には早速保健所の担当者と話し合うことになりました。

一歩遅れた対応

翌日には保健師と相談して本人の保護を行うところまできていました。ところが、その日の夕方に娘から当院に電話が入りました。

「ついさっきまで反応は普通で笑顔もあり、会話ができていました。体調は正常で食事や風呂も自立していました。ところが急に筆談ができなくなり反応がなくなって視線が合いません。食事も水分も摂れず、飲まず食わずの状態です」

というのです。緊急事態です。診察室の椅子で眠り込んでいた姿が頭に浮かびました。糖尿病性昏睡かもしれません。すぐに救急搬送するように電話で指示しました。これでなんとかなるのではと期待しました。

入院させてもらえない

救急搬送してもらったにもかかわらず、病院では「これぐらいの血糖値なら大丈夫」と言われて、そのまま帰されてしまいました。

新型コロナウイルス感染症の患者が増加している時期で病床に余裕がなかったようです。さすがに娘も困り、面会できなくてもいいから療養病棟に入院させることを決断しました。

会話ができない状態でしたので本人の意思確認ができません。入院の手続きにあたり病院側から「成年後見人が必要」と言われたとのことでした。そんな悠長なことを言っていられないと思いましたが、後見診断書の作成を引き受けました。

後見診断書を作成する際に、本人の状態をよく知る人が「本人情報シート」を作成する必要があります。このシートの記入を娘に依頼しました。後にして思えばこれがいけませんでした。

娘のこだわり

私は一刻も早く入院させるべきだと思っていました。「認知症療養病棟を3カ所掛け持ちで申し込み、早く空いたところに入れましょう」と提案しました。しかし、娘は「どこの病院に入れようか迷っている」と連絡してきました。

その連絡を待つうちに1週間が過ぎました。

娘が電話してきました。「後見用本人情報シートを正確に記入したいのでもう一度受診させたい。しかし本人の意識がほとんどなく診察に連れていけないので近所の神経内科に転院したい。診療情報提供書を用意してください」とのことでした。

本人情報シートの記載を娘に依頼したのがいけませんでした。こだわりが強くて正確さを求めるあまり自分の判断で記入できないのです。診察の内容を全部録音していた姿が頭に浮かびました。大雑把に内容を把握する能力がないのです。

私は入院先が決まって入院できるまで当院で対応しようと思っていましたが、娘は転院を希望しました。医療機関を選ぶのは自由ですので断ることはできません。言われた通り転院先の病院宛の診療情報提供書を作成しました。

救急病院からの電話

その1週間後。診察中にとある病院から電話がかかってきました。相手は救急外来の医師でした。

「貴院に通院していたという人がケトアシドーシスの状態で搬送されてきました。意識障害があります。脳の検査を行ったところ末期認知症のような状況になっています。いままでの経過を教えてください」

初診からまだ3カ月経っていませんでした。私はこれまでの経緯をカルテを見ながら説明しました。電話の相手は驚いていました。

「3カ月前は歩いて買い物に行き、会話もできたというのですね。考えられません。高血糖とケトアシドーシスを差し引いても意識障害の原因や画像所見が説明できません。アルツハイマー型認知症のなれのはてのような大脳の所見なんです」

“なれのはて”とはすごい表現です。末期の認知症では大脳萎縮が重度になります。おそらくそのような画像所見なのでしょう。

糖尿病による高血糖だけでこんなに速く萎縮が進行することは考えられません。

最後の手紙

数日後、入院先から初回報告の手紙が来ました。

「X月X日に来院し緊急入院となりました。脱水、腎不全、糖尿病性ケトアシドーシスを認めました。頭部MRIのDWIで大脳皮質に帯状の高信号変化を認め、クロイツフェルト・ヤコブ病の鑑別のため精査中です」

DWIは拡散強調画像のことです。略してディフュージョンともいいます。いつもゆっくり進行する病気ばかり見ていたのでクロイツフェルト・ヤコブ病のことを忘れていました。数カ月の経過で末期の大脳萎縮を呈するケースもある進行の早い変性疾患です。発症率は人口100万人あたり年間1人です。クリニックがある世田谷区の人口は91万人以上います。世田谷区だけでも10年間で9人ほどの患者がいておかしくありません。

DATスキャンの結果、大脳皮質基底核変性症だと思っていましたが、確かにこの2~3カ月の経過は早過ぎます。

ふと思いました。あの娘は入院中の病院でも医師の話を全部録音しているのでしょうか。

最終報告が送られてくるのを慄きながら待っています。

西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。

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