バックナンバーを読む

介護者にもいろいろいろいろな性格の人がいます。認知症の診療をしているとほとんどの場合、本人とだけでなく介護者ともセットでかかわることになります。

介護者が標準的な性格であれば話がスムーズに進みますが、そうとは限りません。物わかりがいい人、悪い人、また価値観もさまざまです。

人間には好き嫌いというものがありますが、度を超すと意志決定に悪影響を与えます。物事が論理的に考えられない人をどう援助したらよいのでしょうか。

CASE 067
85才男性

「入院なんて……入院なんて嫌です! 夫は絶対に入院させません!」

妻はまるで「あなたは何をおかしなこと言っているの? できるわけないでしょう」と言わんばかりの表情で私を見て、顔には馬鹿にするような笑みすら浮かべながら言いました。

以前から通っている認知症の人の妻です。介護が破綻して夫は傷だらけで緊急ショートステイに入っています。ショートステイが終わってから自宅に戻すのは難しいと思われ、認知症専門病棟への入院を勧めたところでした。

同席していたケアマネジャーと私は思わず顔を見合わせました。私のアドバイスなど聞いてくれそうにありません。夫にとっては明らかに不利益です。どうしたらよいのでしょう。

これまでの経過

X-4年、迷子になるようになりました。迷子になって長い距離を歩き疲れて転倒し、体のあちらこちらに擦過傷を負い血だらけになりました。血だらけの破れた服を着たままで気にする様子はありませんでした。そのまま外出先に向かいました。会う約束をしていた友人が驚きました。

「その格好はどうしたんですか?」と尋ねてもまともな返事が返ってきません。このため友人が自宅にいる妻に電話をかけて迎えに来てもらいました。

X-3年、夜中に寝ぼけて外に出て方角がわからなくなり、徘徊していたところ疲れて転倒し、通行人が保護して家まで送り届けました。

次に、いつも行っている床屋に行く途中に迷子になり丸1日帰宅せず、翌朝何とか自力で帰宅しました。へとへとになっていました。

X-2年、度重なる迷子のため、妻が外出を禁止し、1人で外出させなくしました。

自宅に閉じこもっているうちに朝晩の区別がつかなくなり、夜中の3時に起きて食事をします。妻が寝ているあいだに冷蔵庫を漁り、カレールーなどそのままでは食べられないものまで食べてしまいます。このため、妻は冷蔵庫を空にして物を入れないようにしました。

徐々に朝晩のリズムが崩れ、昼夜逆転しました。早朝に就寝し、午後から夕方にかけて目覚めて活動します。

X-1年、外出先で男子トイレに入りましたがズボンの履き方がわからず、下半身脱いだ状態で出てきました。

困った妻に連れられて当院初診しました。

初診時の状態

物忘れがひどく、すぐに忘れてしまいます。時間はわかりません。診察時に「前にもここに来たことがあるね」と医師に親しげに話しかけてきます。デジャブです。そしていきなりの打ち解けた口調は「脱抑制」と考えられました。

デジャブは妄想の一種で、経験していないのに経験したことがあると思い込む症状です。レビー小体型認知症などに見られます。

脱抑制は前頭葉の症状で、人との距離感が薄れ、やけに馴れ馴れしくなったり礼節が失われます。

診察時には複雑な会話はできず、単純なやり取りのみ可能です。深い内容の話はできません。会話は噛み合わないことも多いです。

家事はもちろんのこと、身の回りのことも1人ではできなくなっており、着替えやトイレの使い方、入浴の仕方も指示が必要です。家電の使い方もわかりません。テレビのリモコンは操作できません。

文字の認識が難しくなっており、読んでも意味がわからないことがあり、字も書けません。自分から話す言葉は限られています。

体重減少

食欲が旺盛な割には体重が減ってきています。また、身体的には歩行がおぼつかず、すり足、小刻みでバランスが悪く転倒しやすい状態です。

入浴の動作の仕方がわからず嫌がります。妻が介助してなんとか入れています。トイレ動作のやり方もよくわかっておらず、1人ではトイレがうまくできません。常時紙パンツを履いてもらっています。

その割には本人に困っている自覚がなく、何か困っていないか尋ねても「あんまり困っていることはない」と答えます。自分の状態に対しては無頓着で、ここ数年は健康診断に行くのもやめてしまっているということでした。

MMSE14点でした。MMSEは簡易な認知機能検査で15分ぐらいでできます。満点は30点で、14点ですとやや重度の認知症の状態です。頭部MRIでは顕著な大脳皮質のびまん性萎縮を認め、海馬も中等度に萎縮していました。

パーキンソン症候群を伴う認知症です。

昼夜逆転

家族が最も困っていたのは、本人の昼夜逆転生活でした。同居している妻は24時間気が休まらないとこぼしていました。昼夜のリズムを整えるためにデイサービスやショートステイの利用が適切と考えられました。このため介護保険の申請をしてもらうことにしました。

その後徐々に失禁が多くなりました。紙おむつを利用していましたが、自分でトイレに行ってオムツを脱いでしまいます。脱いだら脱ぎっぱなしです。次のものを着けることはしません。妻が指示をすればなんとかできますが、1人でトイレに行ってしまうため、トイレの床が排泄物で汚れてしまいます。その頻度が増えました。

妻はトイレの掃除に明け暮れるようになり、ヘトヘトになってしまいました。診察時に見る妻の姿はみるみる痩せてきました。診察室に入ってくるときに妻も本人に負けず劣らずいっしょにフラフラしています。これは明らかに体重減少と睡眠不足による影響です。筋肉が落ちているのです。

別居している息子が付き添ってくるようになりました。妻のレスパイトが必要という結論になりました。私はケアマネジャーに連絡し、デイサービスを増やして週5回にしてもらいました。

トイレの掃除など高齢の妻には過酷な介護でした。ケアマネジャーはショートステイを提案しました。2カ所ほど見学してもらいましたが、妻が利用を躊躇しており利用につながりませんでした。妻はショートステイなど本人がどこかに泊まるサービスが嫌いなのです。

デイサービス

ショートステイは無理でしたが、デイサービスに週5回通うようになったことで栄養状態が改善したのか体調が全般に良くなりました。歩行障害も少し改善しスムーズに歩けています。

しかし、それに反して妻の調子は悪くなり、イライラして怒りっぽくなっていました。デイサービスへの送り出し、出迎えが負担なのです。

本人はデイサービスから帰ってくると靴を脱がずに家に上がろうとします。妻はイライラして怒鳴ってしまいます。本人はストレスなのか怒鳴られると無口になってしまうということでした。無口になるだけでなく、体の動きが悪くなり固まってしまいます。パーキンソン症候群は精神的に緊張すると悪化します。妻の態度が問題でした。

そのうちデイサービスから帰ると家に入らずに外に出ていってしまうようになりました。妻がいるのがストレスになっているのです。家の居心地が悪いと帰宅願望や徘徊の原因になります。

異食

妻がイライラを克服できないでいるうちに本人はどんどん無口になり、体の動きも悪くなってきました。自宅が緊張を強いられる場になり休めないからです。デイサービスでは歌を歌うなどリラックスして楽しく過ごしている様子がありました。

そのうち自宅で異食が認められるようになりました。食べ物ではないものを口に運んでしまいます。ティッシュや石鹸、飾ってある花などを食べてしまいます。

MMSEをしてみたところ1点しか取れませんでした。おうむ返しの反応1点だけです。診察室で立たせてみましたが立てません。認知機能も身体機能も著しく悪化してしまいました。

あまりに急速に最重度の状態になりました。

診断は……

MMSEの点数が低いというのはどういうことなのでしょう。

記銘力障害だけがメインの場合は20点前後まで緩やかに進行します。そのほかの症状が出現するまでは、同じような点数を行ったり来たりで経過します。初期〜中期に差しかかっていく段階です。

20点を切ると、記銘力障害以外に空間認識や遡った過去の記憶が消えてくることによって場所的見当識障害が出現します。これにより迷子や徘徊などの恐れが出てきます。15〜19点ぐらいの段階で認知症の程度は中期になります。

15点を切るのは重度に向かっている段階です。単語の意味がわからないなど言語機能の低下が始まります。

認知症が進行すると言葉が徐々に失われます。MMSEの検査自体が言語を用いて行われるものなので、失語の状態になるといきなり点数が一桁に下がってしまいます。

この人の場合は突然に失語症状が悪化してMMSEの質問項目自体がほとんど理解できなくなったと考えられました。

認知機能低下、パーキンソン症候群、失語の急速な進行を来す疾患です。診断はなんでしょう。おそらく大脳皮質基底核変性症か、それに近い病気と考えられました。DATスキャンを行えば診断が確定しますが、介護にまったく余裕のない様子でそれを勧める機会を逸しました。

緊急ショートステイ

ある日、ケアマネジャーから私に連絡が入りました。妻が介護できていない状態だということでした。緊急ショートステイを手配し、特別養護老人ホームの申し込みをしたということでした。

詳しく事情を聞くと、具体的には以下のようなエピソードがあったのでした。

デイサービスの日の朝、妻から事業所に電話が入りました。「デイサービスの準備をしようと思ったが、玄関で寝てしまっており体を起こせません」ということでした。「今日はデイサービスを休ませるので送迎は必要ありません」という断りの電話でした。

「玄関で寝てしまっている」とは異常です。本人の健康状態に重大な問題が起こっているのではないかと推測されました。このためデイサービスの職員は速やかに本人宅を訪問しました。そして玄関で倒れている本人を発見しました。前日から倒れたままだったようです。体の下になっていた右肩と右足の外顆に皮膚剥離がありました。放っておけば褥瘡になるところでした。

妻には「本人が倒れている」という認識はありませんでした。「玄関で寝ている」という認識でした。

緊急担当者会議

デイサービスの職員が本人を助け起こして着替えさせ、おむつも替えて軽食と水分を摂取させました。

その後、報告を受けたケアマネジャーが緊急担当者会議を行いました。そして以下のように妻に申し入れを行いました。

1.緊急時には救急要請をすること
2.息子に連絡して援助してもらうように
3.夜間対応型訪問介護と契約するように
4.デイの職員が、デイに連れて行くので休ませないように
5.玄関に手すりを設置する
6.日曜日にもデイサービスを利用する
7.ショートステイも活用する

妻の拒絶

ケアマネジャーが地域包括支援センターに相談し、緊急ショートステイ先をなんとか確保しました。すぐには入れませんが、2~3日後から空き次第入れることになりました。

緊急担当者会議の翌日にもデイサービスに電話がありました。前日と同様に「玄関に寝ている本人を起こせないのでデイサービスを休ませる」というものでした。さっそくケアマネジャーとデイサービスの担当者が訪問したところ本人は玄関で横たわった状態でした。

助け起こして「寝室まで運びベッドに寝かせるので手伝ってください」と妻に頼むと妻は拒絶しました。

「嫌です! 私はデイサービスを断ったのに、あなた方が勝手に来てやっているのじゃありませんか?あなた方でやってください」

妻は介護に嫌気がさしているのです。

このため、ヘルパーとケアマネジャーは本人を玄関近くにあった椅子に座らせるしかありませんでした。

夜間の状態が心配だったのでケアマネジャーは夜間対応型ヘルパーの利用を検討しましたが、妻の反対にあい利用につながりませんでした。

他人の前だとしゃんとする

取り繕いが強く、妻の前と他人の前とでは能力の差が歴然としています。

「自宅ではもうお手上げです。会話が通じないし、介護しようとすると抵抗が強いのです。もう嫌です」

妻は受診時に言いました。本人は失語が急激に悪化していました。妻は本人とコミュニケーションを取ることができないのです。

デイサービスの送り出しも妻だと抵抗するので、結局玄関で寝てしまうことになるのです。デイサービスの送迎スタッフが来ると、やっと準備して行くことができます。

失語症の介護

失語がある人を介護するのは難しいです。言葉が通じないのです。こちらはわかってもらおうと思ってついつい言葉を尽くして説明しようとしてしまいます。

多くの言葉を言えば言うほど本人は混乱します。なかなか伝わらないとお互いにイライラします。つい大声になります。大声で早口でまくし立ててしまうこともあるでしょう。

大声で何かを言われても意味がわかりません。本人は「怒られている」「非難されている」「責められている」などと誤解してしまいます。でもなぜなのかわかりません。恐怖です。不安です。

人によっては萎縮して何もできなくなってしまうでしょう。また、人によっては反発してしまうことでしょう。

失語の介護は言葉を使ってはいけないのです。表情や仕草、ジェスチャーや実物を見せて示すことが重要なのです。

失語症の人への接し方についてアドバイスしてみましたが、妻にはなかなかできませんでした。

過食と体重減少

以前に比べて大食漢になりました。食べても食べても止まりません。しかし体重は増えません。消化吸収力が低下しているためです。みんな排泄されてしまいます。むしろ体重は減少してきました。

高齢者の体重減少は筋肉がなくなることを意味します。体重減少に伴い筋力が低下し寝たきりになっていきます。

動けるようになれば食欲が回復し多少筋肉がつくかもしれません。私はそう思って抗パーキンソン病薬のメネシット®︎を1日100mgだけ使用してみましたがまったく効果がありませんでした。むしろ副作用で食欲が低下して栄養状態の悪化が懸念されたのですぐに中止しました。

本態性パーキンソン病では抗パーキンソン病薬が著効するのですが、パーキンソン症候群を伴う認知症ではまったく効果が得られないこともあります。むしろ副作用である食欲不振、体重減少、幻覚妄想などが悪化して逆効果のこともあるので注意が必要です。最初は慎重に少量の投与を試すことが望ましいのです。

多発外傷

緊急ショートステイには無事に参加できました。このため在宅で介護するよりも施設に入所してもらうのが本人にとって良い選択肢なのではないかと思われました。

ショートステイで入浴させると多発外傷が見つかりました。体のあちらこちらに傷があるのです。どうやら妻が本人を助け起こせなくて寝かせきりにしたり、乱暴に移動したときについた傷のようでした。褥瘡になりかけている傷もありました。

緊急ショートステイの期間の終了が迫ってきました。ケアマネジャー、包括担当者、ショートステイの担当者も含め、私たち関係職種全員が「このまま家に帰してはいけない」と思っていました。

私は地域包括支援センターに連絡し、「なんとか措置入所できませんか」と頼んでみました。しかしすぐには難しいということでした。

入院を勧める

ケアマネジャーと相談し、本人を認知症専門病棟に入院させることにしました。なるべく早く入院できるように当院の相談員が複数の病院を当たりベッドを抑えることにしました。

妻を説得するために受診してもらいケアマネジャーにも同席してもらいました。本人は車椅子全介助の状態です。診察室でも車椅子に無言で座ったままです。

「ご主人が自宅に帰ると、またあなたが1人で介護しなければなりません。介護がうまくいっていなかったことはあなたも感じていらっしゃいますよね」

妻は答えました。

「はい、確かにその通りです。夜間尿失禁が毎日あり、毎朝オムツ替えが必要でした。オムツをしていても本人が寝返りを打つのでオムツがずれてしまいます。布団に漏れることが頻繁でした。その始末を毎日やることになり、水仕事が増えました。

「だから……私の手は荒れてボロボロです!」

妻は両手を掲げて荒れた手を私の目の前に突きつけました。

「もう私では介護できません!」

「それでは私がご紹介する病院にご主人を入院させることにしませんか?」

「それは絶対に嫌です!」

妻の態度はかたくなです。私もケアマネジャーも取り付く島がありません。

「これは無理ですね・・・」

ネグレクトと判断して強制介入による措置入所しかないのでしょうか。私は地域包括支援センターに電話をかけなんとか緊急ショートステイを延長できないものか依頼しました。包括の担当者がケアマネジャーと連絡を取り合い対応してくれることになりました。ショートステイを延長しているあいだに本人の行き先を決めなければなりません。

本人がどこかに落ち着いて、適切な介護を受けられるようになることを祈るばかりです。

バックナンバーを読む

西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。