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献身的に介護をして、介護保険サービスを利用しない人がたまにいます。

「かわいそうだから」「まだ早いから」など理由はさまざまです。特に年齢が若いと本人も家族も介護保険サービス利用に抵抗感があるようです。

しかし、本人や介護者に突然のアクシデントが起こることもあります。そのようなときには何らかのサービスが必要になってきます。ですから「たとえすぐに利用しなくても、急に必要になることもありますので認定申請だけでもしておいてください」とアドバイスするようにしています。

私が勧めるとほとんどの場合、認定だけは受けてもらえるのですが、なかにはどうしても認定を受けてもらえないケースがあります。そんなケースに限って突然のアクシデントが起こったりします。

CASE 069
75才女性

いつも夫と二人で受診していた人です。

あるとき、受診の順番が来たので呼び出すと知らない人が入室してきました。

「初めまして。私は本人の妹です。いつも付き添ってきている夫が緊急入院してしまい、私が頼まれて自宅の様子を見に行ったところ、玄関が開けっぱなしで本人がいませんでした。徘徊です。警察に捜索願を出したところ、先ほど見つかったという連絡があったのでこれから迎えに行きます。しかし、いろいろ事情があって私の家に本人を引き取るのは難しい状況なのです。なんとかしてください」

なんとかなるのでしょうか。

これまでの経過

この人はもともと認知症の母を介護していました。

母はX-21年、77歳のときに、印鑑をなくすなど大事な物の管理ができなくなり探し物が増えました。翌年には「金粉が見える」「絨毯にたくさん虫がいる」と言うようになり、相談に訪れた内科では「飛蚊症でしょう。ストレスが原因でしょう」と言われました。その後、眼科を受診しましたが飛蚊症ではないということでした。錯視という症状でしたが、内科や眼科の医師はそれに気がつきませんでした。

X-20年、母は高血圧で薬を飲んでいましたが、薬の管理ができなくなりました。本人が薬を勧めると「どうして必要なの」と毎回尋ねます。電気ポットが壊れて新しいものを買いましたが、使えるようになりませんでした。

夢と現実が入り混じり、夜な夜な夢の続きのように行動するようになりました。このため介護に難渋した本人が母を伴い当院初診しました。

母の認知症

夢の続きで行動するのはレム睡眠行動異常症と考えられ、認知機能の低下や錯視があるのでレビー小体型認知症と診断しました。アリセプト®︎の投与を開始し、初期用量の3mgを2週間服用したところ「以前に虫がたくさん歩いていたことがありましたが、いまはありません」とのことでした。

徐々に日中眠気が出るようになり、食後に座ったまま眠り込んでしまいます。食事性低血圧もレビー小体型認知症にはよく見られます。アリセプト®︎を5mgに増量しました。すると少し意識がはっきりしてきて、居眠りが減りました。

母に介護保険サービス開始

自宅では探し物が多く、見つからないと不安になってパニックになっていたので、昼間はデイサービスで過ごしてもらうことにしました。介護認定申請してもらい、通い始めました。デイサービスに行くと母の方は情緒が安定しました。母が日中いないことで本人も気持ちが楽になりました。

デイサービスの回数を徐々に増やし、デイサービスで入浴もできるようになりました。これで本人の介護負担は格段に減りました。

X-19年、母は一時期入浴を嫌がったり、デイサービスを嫌がったりする症状が出ましたが、X-18年頃には落ち着きました。母は80歳になり足も弱って当院に連れてくるのがたいへんになり、近所の内科で処方してもらうと本人から申し出があり当院通院をいったん終了しました。

母の易転倒性

X-16年、母と本人は2年ぶりに受診しました。デイサービスは週4回に増えていました。また月1回ショートステイを利用するようになっていました。母は通院終了時に内服していたアリセプト®︎5mgをそのまま服用継続していました。

受診理由を尋ねると「母が転倒しやすくなりました」ということでした。また動作が途中で止まってしまい、フリーズしてしまうこともあるということでした。狭いトイレなどでは身動きが取れません。これらはパーキンソン症候群の症状でした。

レビー小体型認知症ではパーキンソン病のような身体症状が出現します。認知症が進行してパーキンソン症状が加わってきたものと考えられました。認知機能も低下して、服の着方がわからないなど着衣失行もありました。また錯視も再燃していました。

介護疲れ

本人は「母の症状が悪化して介護がたいへんになり、とても疲れています。私自身の集中力が低下していますし、何より眠れません」と訴えました。

まずは母のほうにアリセプト®︎増量を試みました。10mgです。そうするとしばらくして錯視は治まりました。

強い不安感

X-15年、アリセプト®︎10mgを処方していたのですが、本人から「母の薬を5mgに減らしたい」との申し出がありました。何か具体的に副作用があったのか尋ねましたが「薬を増やすと副作用が出るのではないかと心配です」とのことでした。何かが起こったわけではありませんが本人自身の不安が強いようです。

私は、現在は薬が効いていて錯視が治まっていること、特に副作用は出ていないのでこのままの量を継続するように提案しましたが「心配です」の一点張りで話が通じませんでした。

X-14年、本人は突発性難聴になりました。ふらつきや耳鳴り、めまいが残存しました。過労が原因だったのかもしれません。

介護からの解放

X-13年、8年間介護していた母が施設に入りました。

本人はようやく自分の時間ができ、健康診断に行きました。レントゲン検査で引っかかり、精密検査が必要と言われ不安感が非常に強くなりました。検査の結果異常はありませんでしたが、その後も動悸や恐怖感が続きました。食事が摂れなくなり体重が減少しました。

何もかも億劫になり、やらなければならないことがそのまま山積みで残っている状態になり、自分でもおかしいと思い、今度は娘が当院を受診しました。

「疲れやすいし、集中力がありません。今度は私が認知症になったのではありませんか」と言いました。顔色が悪く、以前に比べてずいぶん痩せたようです。

頭部MRIを施行しましたが、萎縮や虚血性変化等の異常所見はありませんでした。

めまい、ふらつき、手足のしびれ、耳鳴、食欲不振、体重減少、易疲労性、集中力の低下などがありました。意欲がなくなり、家事が億劫で、何でも面倒くさいと感じています。戸締りさえも億劫で外出が嫌になりました。

空の巣症候群?

空の巣症候群というのがあります。通常は子育てが終わってやることがなくなり、自分の役割を見失うことで起こるうつ状態を指します。子育てだけではなく介護の現場でも空の巣症候群は存在します。

いずれにしてもうつ状態です。病状について説明し「認知症ではないから心配しないように」と話し、抗うつ薬を処方しました。ドグマチール®︎です。この薬は若い女性に処方すると生理不順になるなどホルモン分泌に悪影響を与えますが、閉経後の女性の場合には過食や肥満に注意すればおおむね副作用の少ない薬剤です。

ドグマチール®︎を少量短期間服用するとすぐに症状が改善しました。体が軽くなり調子が良くなりました。笑顔も出てきました。動悸もなくなりました。

趣味の洋裁でミシンをかけるときなどは楽しくできますが、法事や、施設に入った母の書類の管理などが面倒でなかなか手がつきません。

悪夢と自律神経失調症

2、3カ月すると夢を多く見るようになりました。

X-12年、ドグマチール®︎の副作用で食欲が出て体重が元に戻ってきました。

さらに夢を見ることが多くなり、今度は血圧の変動や脈拍の変動が目立つようになりました。入浴後に血圧が著しく下がって立ちくらみがします。

だんだん悪夢が多くなってきました。寝起きに夢の続きのような気分で目が覚めて、夢なのか現実なのかわからないようなことも出てきました。

疲れやすくなり、耳鳴やめまい、頭痛も出てきました。原因不明の蕁麻疹が出て、痒くて眠れません。

再び気持ちが落ち込んで「もう死のうかな」などと口にするようになりました。

口渇や吐き気が出現し、ドグマチール®︎の効果が薄れてきたと考えられたので、サインバルタ®︎に変更しました。

症状の波

1日のうちで調子が良いときと悪いときがあり、波が激しくなってきました。日内変動です。

神経質になり、戸締りや火の元を何十回も確認しても安心できません。強迫症状です。母親が施設に入ってから1年ほど経ちましたが、「罪悪感が残っています」と言いました。

母親を施設に入れた罪悪感がストレスの元凶かもしれないと思い、カウンセリングを行ってみました。

このころから手足が震えるようになりました。震えは種々の原因で起こります。精神的な緊張で起こるものやパーキンソン症候群で起こるものがあります。もしやパーキンソン症候群? と思いました。悪夢、自律神経失調症、症状の波、パーキンソン症候群といえばこの人の母が患っていたレビー小体型認知症によく見られる症状です。

カウンセリングを始めてしばらくすると気持ちが少し軽くなり、手の震えが止まりました。家族は顔色が良くなったと言ってくれました。このときの震えは精神的な緊張で起こっていたようです。

更年期のような症状

施設に入所していた母親の容態が悪化して、延命処置の是非について施設担当者と話し合うことになりました。すると更年期のころに見られたホットフラッシュが再度出現するようになりました。ストレスだったのでしょう。新聞など細かい文字を読んでいるとすぐに疲れてしまいます。疲れやすくなり、これを機に寝込んでしまいました。

どうしても通院などで出かける際には玄関の鍵を閉めた後、じっと鍵を見つめて何度も確認する様子が見られました。家中の窓の鍵を閉めるのに何十分もかかるようになりました。

X-11年、母親の方針などが決まり、一段落したところ少し落ちついてきました。

一時期集中して本が読めなくなっていましたが、エッセイなどの軽いものは読めるようになりました。一貫してだるさを訴えていましたが、徐々に改善し観光旅行など外出もできるようになりました。

X-10年、友だちと旅行に行く企画をしましたが、いざ約束するとプレッシャーになって結局キャンセルしました。

もの忘れの悪化

X-9年、もの忘れがひどくなったと訴えました。探し物が増え、見つけ出すのに時間がかかるため就寝時間が遅くなり、これに伴い朝の起床時間も遅くなりました。

日常生活動作は自立しています。家事もできていました。

MMSEを施行したところ27点でした。セブンシリーズと遅延再生項目での失点でした。これは記銘力障害と集中力の低下を示唆しています。レベルとしては軽度認知障害です。うつ病による仮性認知症の可能性もあります。

頭部MRIを施行したところ、以前に比べて大脳皮質がわずかに萎縮していました。変性疾患の始まりかもしれません。なんとも言えません。

抗うつ薬のサインバルタ®︎を増やしたところ元気が出て認知機能も改善しました。仮性認知症と考え、このまま様子を見ることになりました。

通院中断

X-8年、調子が良くなり当院に来なくなりました。調子が悪くなると高血圧で通院中の内科かかりつけ医にサインバルタ®︎を処方してもらっていたようです。

X-7年、記銘力障害が悪化し、夫と何かを話し合って決めても「聞いてない!なんで私抜きで決めてしまうの!」と夫に怒りをぶつけるようになりました。

X-6年、服薬管理ができなくなり、夫が行うようになりました。夫が入院した際には夫が入院している病院に1人でたどり着けませんでした。また、洗濯ができなくなりました。明らかに生活に支障が出ています。病的な認知症の症状の出現です。

夫の登場

困った夫がかかりつけ医に相談し、内科かかりつけ医の診療情報提供書を持参して2年ぶりに当院を受診しました。

本人は69歳でした。以前は一人で通院していましたが、このとき初めて夫が付き添ってきました。

頭部MRIを行ったところ、海馬の萎縮が進行していました。3年前に少し萎縮していて「おや?」と思ったものが明らかに悪化していました。

MMSEを行ったところ22点でした。年月日がわからず、3つの単語を暗記して2、3分後に尋ねる遅延再生は一つも答えられませんでした。セブンシリーズでも失点が見られました。

2年前に比べて診察室での本人の様子は別人のように変わっていました。以前はうつ状態が出没し「疲れました」「死んだほうが楽かな」などと言っていましたが、ガラッと変わりました。

ケロッとしており、横で夫がもの忘れについて話すと「そんなことないわよ」と機嫌が悪くなり「大げさね」と言って笑います。

このような人格変化はアルツハイマー型認知症に典型的です。このため夫とも相談の上リバスタッチパッチ®︎を開始しました。もはやうつ状態ではありません。内科医に連絡しサインバルタ®︎を中止してもらいました。

テレビ中毒

本人はテレビの前に座ると画面から目を離せなくなり、ずーっと見てしまいます。あとで内容は覚えていませんが、見始めると止まりません。深夜でもずっと眺めています。

夫が家事をするように促しても、なかなかテレビの前を離れようとしないので夫がイライラしています。

入浴を嫌がる

入浴が嫌いになりました。夫が再三指示してようやく渋々入ります。入ってもシャワーだけ浴びてすぐに出てくるようになりました。ちゃんと体を洗うように言うと「うるさい」と言い返します。

怒りっぽくて夫が介護しづらい状態です。このため、抑肝散の併用を開始しました。

小鳥療法

X-5年、夫がどこからか認知症の治療に良いと聞き、小鳥を飼い始めました。小鳥はすぐに本人になつき、手に乗ったり肩に乗ったりします。

抑肝散で少し治まったものの、気に入らないことがあるとすぐにイライラして怒ります。しかし、小鳥と遊んでいるときはとても機嫌が良くなりました。

小鳥と遊ぶことはしますが、カゴの掃除やエサやりなどはしません。夫の仕事です。それでも小鳥を飼い始めてから表情が豊かになり、以前よりはテレビの前に座っている時間が短くなりました。

以前は深夜までテレビの前に釘付けでしたが、早寝早起きするようになりました。

診察室でも笑顔で小鳥の話をします。

X-4年、「自分では少し良くなってきたと思います」と晴れやかな表情で言いました。事実とは違います。

母の他界

施設に入っていた母親が他界しました。その事実を知ってもケロっとしており、何も感じていない様子でした。延命についての話し合いであんなに悩んでいたのが嘘のようです。

小鳥をカゴから出して遊んで、そのままにして何度も逃がしてしまいました。「小鳥を飼い始めてから、もう5羽目です」と夫が言いました。小鳥がいなくなると本人が泣いてしまうので、夫が次の小鳥を買ってくるのです。

MMSE20点になりました。家事は全部夫がやっています。夫が疲れてきました。

「家事は私が全部やっています」診察室で夫がそう話すと、横で本人が「夫が家事が好きなんだなあと思います」と笑いながら話します。

認知症が進行してきたので抗認知症薬をメマリー®︎に変更しました。メマリー®︎は中等度から重度の人用の薬です。

介護サービスを提案

デイサービスに預けたほうが楽になるのではないかと思い提案しましたが、本人は70歳を過ぎたばかりでまだ若いので、抵抗感が強いようでサービスにつながりませんでした。

丸い置物を見て「あの人、誰?」と聞くようになりました。錯視です。母親はレビー小体型認知症で活発な錯視がありました。この人もレビー小体型認知症を合併しているのでしょうか。

X-3年、メマリー®︎を開始してからしばらくすると徐々におとなしくなり、それまでは夫に対して憎まれ口をきいていましたが、素直に従うようになりました。

夫が洗濯機に洗濯物を入れるように指示すれば、素直にやります。洗剤を入れるように言うと、たくさん入れてしまいます。結局入れ過ぎてしまいます。ゴミ捨ても指示すればやるようになりました。

夫は「介護が少し楽になりました」と話しました。MMSE21点で、この年は低下は見られませんでした。

X-2年、食器のしまい場所がわからなくなりました。夫に指示されて食器を洗いますが、いろいろなところにしまうので行方不明になります。

抗認知症薬の併用

入浴中、風呂のタイルの傷が虫に見えます。これも錯視です。ときどき出てきます。

リバスタッチパッチ®︎からメマリー®︎に変更してしばらく経ちました。レビー小体型認知症は、コリンエステラーゼ阻害薬が奏効して錯視が改善するケースがあります。メマリー®︎にコリンエステラーゼ阻害薬のレミニール®︎を併用してみることにしました。

すると「虫がいる」「誰かがいる」などの錯視を訴えることは減りました。

MMSEはこの年16点に下がりました。20点を切ると自宅で1人でいることが難しくなるといわれています。

小鳥と遊んでいるときには歌を歌ったりして楽しそうです。小鳥と遊ぶ以外の時間は寝ているようになりました。

再度、介護サービスを提案

X-1年、入浴はすべて口頭指示が必要です。風呂からあがった体をバスタオルで拭いたり、髪の毛をドライヤーで乾かすのもすべて夫が行っています。

MMSEは15点に下がりました。

ときどき思い出したように亡くなった母親を探します。「子どものお迎えに行かなくちゃ」などと言って出て行こうとすることもあります。数十年前にさかのぼっているのです。

目が離せないのでデイサービスを再度勧めてみました。しかし、夫は「施設に預けるのはかわいそうです。私はまだ大丈夫」ということで、介護サービスなしで様子を見ることになりました。

夜中に起きて、お米を研いだりします。

ときどき夫の顔がわからなくなり、「ご家族が心配しているんじゃないですか。どうぞお帰りください」などと他人行儀に話しかけてくるようになりました。

MMSE14点に下がりました。

主介護者が緊急入院

X年、夫が急病で搬送され緊急入院しました。本人は家に一人です。急遽、遠方に住む兄弟が家を訪ねると本人は自宅にいませんでした。

飼っていた小鳥がカゴにいません。本人がカゴから出して遊んでいるうちに小鳥が逃げ出したのです。逃げた小鳥を追って外に出たものと推測されました。

外を徘徊しているところを警察に保護されました。「見つかった」との知らせを受け一安心しましたが自宅に帰すわけにいかないので兄弟と相談の上、本人を入院させることにしました。

介護保険サービスを利用しないで在宅介護を続けてきた人です。介護認定を受けてケアマネジャーでもいれば緊急ショートステイに預けるようお願いすることができるのですが、そうもいきません。とりあえず認知症専門病棟に預けるしかないでしょう。

「承知しました。なるべく早く入院できるところに入れましょう」

相談員に電話をかけまくってもらいベッドを押さえました。ちょっと遠い隣県の病院ですがやむを得ません。警察から直行してもらいました。

落ち着かない入院生活

私が手配した病院は認知症専門病棟でしたが、それでも院内でベッド柵を乗り越えて落ちたり、他の病室に入って他の患者に話しかけるなどして落ち着きませんでした。

トイレ以外の場所で排泄してしまったり、四六時中食べ物を要求するなど、以前には見られなかった激しい精神症状が出現しました。突然環境が変わったためのせん妄と考えられました。

夫は一命を取り留め、自宅に退院してきました。妻が親族の手配で病院に入っていることを知ると、すぐに妻が入院中の病院に赴いて「かわいそうだからすぐ退院させたい」と申し入れました。

病院の主治医は「症状が重いので自宅に退院するのは難しい」という見解でした。施設入所を勧められました。それでも夫の意思は固く「自宅に退院させます」と言って譲りませんでした。

介護サービスをようやく導入

このため介護保険サービスを利用することを条件に退院の方針となりました。入院中に相談を受けたケアマネジャーが病院で本人と面談し、自宅を訪問して退院準備をしました。

それまで再三の勧めにも関わらず介護保険はまったく利用していなかったので、認定申請から始めなければなりませんでした。ケアマネジャーから私に連絡が入り、私は主治医意見書を作成しました。入院中の状態が非常に悪く、要介護4の判定が出ました。

ケアマネジャーは退院前にあらかじめ訪問看護を導入しました。また週3回のデイサービスを手配しました。

家に帰る

入院してから約3カ月で自宅に退院しました。足は弱ってふらついていました。

自宅に帰ってからも、最初のうちは入院中と同じようにトイレ以外の場所で排泄したり、夜中に歩き回り外へ出ようとするなどの行動が見られました。

週3回のデイサービスが始まりました。デイサービスがない日には再び夫が根気よく相手をするようになり、日中は本人を外に連れ出しました。すると夜はよく眠るようになり、トイレに誘導すればトイレ以外での排泄はしなくなりました。

訪問看護師が来てバイタルサインや症状をチェックしていましたが、徐々に落ちついて穏やかに生活できるようになりました。しばらく家で生活できそうです。

夫からの申し出

診察室で夫が言いました。

「おかげさまですごく良くなり、ベストの状態です。訪問看護師さんが来ても、やっていただくことは何もありません。そろそろいろいろなサービスをやめてもいいかなと思うんですけれども……」

私はこう言おうとしました。

「いやいや、それは無理です。あなたが緊急入院していたあいだの周囲の苦労をご存知ないからそんなことが言えるのです。またあなたが倒れたら同じことの繰り返しですから」

しかし、嬉しそうな夫の顔を見てその言葉を飲み込みました。夫自身、病み上がりで顔つきはやつれて体もしんどそうですが夫婦での貴重な時間を取り戻した幸せがあふれ出しています。

「それはもうしばらくしてから考えましょう。まだ退院して間もないのですから。次回ご相談しましょうね」

嬉しい気持ちに水を差さずに問題は先送りです。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。