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1.ハッとした、患者さんからの言葉

「俺たちはオープンにしている。先生たちもオープンに接してよ!そう思っているよ!」。精神科医として勤務していたある日、依存症の患者さんから言われた言葉です。
本音で語り合うことの大切さを、私はこの言葉から感じました。

というと、少し稚拙な表現になるかもしれませんが、私には上司、友人、患者さんやご家族からの忘れられない言葉がいくつもあります。それらを少し紹介しながら、私自身のことを書ける範囲でオープンにしていこうと思います。それが、みなさんのなにかにつながれば幸甚です。

2.専攻医2年目、はじめての病棟配属

私が勤務する昭和大学病院は、専攻医においては異動が比較的多いことが特徴かもしれません。専攻医2年目の夏が過ぎ、いよいよ異動の時期がやってきました。

どこの病棟になるのだろう?ドキドキしているところへ通知が。そして、私は烏山病院急性期病棟のA4病棟、亜急性期病棟のB4病棟へ配属されることになりました。研修医のころ、病院見学に行ったとき「亜急性期病棟こそ、医者の腕の見せ所なんだよ」と私に声をかけてくれた先生のことを思い出しながら、どちらの病棟にも、できる限り取り組んでみよう!と飛び込みました。

3.患者さんの生の声を聴けることが治療の醍醐味

依存症は難しい。依存症はよくわからない。そんな印象を抱く人が多いのではないでしょうか。じつは私もすくなからず、そんな気持ちを持っています。

患者さんが依存症になった要因には嗜癖という面もあるとは思いますが、精神科医になって「自己治療」という捉え方があることを知り、それがとても印象的でした。
幼少期の家庭環境の影響や、あるいは自身の発達特性など、患者さんたちはさまざまな生きづらさを抱きながら社会に迎合するために、物質を使用することで自分を治療してきたのではないか。そう考えると、患者さんの人生にかかわっていきたいという気持ちが強くなり、身の引き締まるような思いがしました。

幸い、私が担当させていただいた患者さんたちは努力家が多く、治療軸にうまく乗ってくださり、断酒を助けるための断酒会やAAといった自助会にも熱心に参加される人ばかりでした。「こればっかりは、しんどくてもやらないとね」、「断酒会は俺には合わないわ。AAのほうが明るくて、さっぱりしていていいね」、「僕はAAより断酒会のほうがわかりやすくて、喋りやすいな」。そんな、教科書のどこにも書いていない、患者さんたちの生の声が聴けるのも病棟医師として勤めているからこそ。本音の一言一言がうれしかったです。

4.自助グループに参加して感じたたくさんの人生と、人間の美しさ

さらに、病棟に勤務して感じることといえば、患者さんたちは何度もスリップ(物質の再使用、例えば過量飲酒)してはまた治療することを繰り返します。最近担当になった患者さんも、精神科入院2回目で、スリップは数えきれないほどしています。その患者さんが、朝も晩も連日、自助グループに参加して大きな声で自分の思いを語っているのです。

たまたま残業中に、病棟の一角で夜のオンライン自助グループに参加している患者さんに出くわし、私も一緒に参加してみました。そのグループでは50人ほどの依存症の方々が集まって、さまざまな話をしていました。感謝や意気込みを述べている人もいました。小さな画面の中に何人もの顔が映り、それぞれの人生を語らっている。何度くじけても、また立ち上がって回復を目指そうとしている。その姿がとても美しく感じられて、胸を打たれました。私は患者さんの人生にかかわりたくて精神科医を目指しましたが、ここになにかが集約されているような感覚すら覚えました。

5.「患者さんの伝記を作る気持ちで」初心に返る、上司からの一言

どうして、私は精神科医を目指したのか? 理由はいろいろありますが、自分自身に遺伝的負因があり、疾患親和性があることは大きいです。ですが、結局は昔から国語が大好きで、人と話すこと、一緒に考えることがとても好きだったということに尽きると思います。

私の初期研修先は、精神科だけで150床ある病院でした。そこで病歴を取る際に、上司から言われた一言が今でも忘れられません。「病歴を作るときには、患者さんの伝記を作る気持ちで書いてみてください」。患者さんの伝記を作る。医師に限らず、精神科に従事する人たちはとりわけ、患者さんの人生の根幹に触れやすい位置にいると思います。

あの夜、自助グループのオンライン画面を見ながら、患者さんの人生に触れることができるのは、本当に恵まれているのだという思いを新たにしました。初心をいつまでも忘れずに、患者さんや医療へ還元できるように、これからも研鑽していきたいと思うばかりです。

プロフィール:渋谷唯子
昭和大学医学部精神医学講座

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