忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。
消灯後の病室で言葉を失う夜
ナースちゃん:
先生、今日のオムツ交換中、最近食事量が減ってきた終末期の患者さんがぼそっと「家族が頑張ってくれてるのに、食べれなくてね……」って言ってたんですよ。日中の面会で、月1くらいで来る長男さんは「食べれないんだから、点滴してください!」、毎日来てる娘さんは「本人が苦しむなら可哀想だからしなくてもいいんじゃ……」って真っ正面でぶつかってて。でも、娘さんも熱心だから、毎日色んな食べ物持ってきては、「頑張ってもっと食べて」ってやってるんですよね。
先生:
あぁ、本当によくある、ご家族の中で温度差が出てるやつだね。
ナースちゃん:
私、ご家族も患者さんも、ぜーんぶ気持ちは分かるんです。分かるんですけど、何を、誰に、どう言えば正解なのか、さっぱりわからなくて。もうみんな違う言葉で喋りすぎてて、通訳ソフトでも入ってないと無理ゲーじゃないですか。
先生:
んー、無理ゲーに見えるよね。でもね、その「通訳」こそが今日の話のど真ん中なんだよ。
「主治医に聞いてみますね」では何ひとつ解けない
ナースちゃん:
1年目の私なら反射で「主治医に聞いてみますね」って言ってましたよ。責任を3秒でパスできる便利な呪文。今は代わりに「ご家族同士で話し合ってみてください」とか「栄養士さんにも相談しておきますね」とか「お気持ちは分かります……」を無限ループしちゃう。中堅ナースの逃げ技3点セット、師長から無償支給です。
先生:
その3点セット、全部、板挟みを丸投げするか共感ループで凍結するかになってるね。
ナースちゃん:
そうなんです、分かってるんです! 何にも解決できていないことは。
先生:
ここで詰んでる理由は、ご家族の「食べさせたい」は愛情と無力感の問題で、患者さんの「食べれない」は意志じゃなくて病態の問題だからだね。方向性の違う問題をひとつの答で解決しようとすると、上手く行かないんだよ。
進行がん終末期の「食べない」は、病態である
先生:
じゃあエビデンスを整理しよう。進行がんに伴う悪液質はたんなる栄養不足じゃない。腫瘍由来の代謝・炎症症候群で、多くの場合ただ食事を増やしても進行は止まらない――ESMOのがん悪液質ガイドライン1)の見解だよ。
ナースちゃん:
え、栄養を入れれば回復する、じゃないんですか。新人の頃に栄養補助食品を山積みにしてた私、何だったんですか。
先生:
山積みにしてた頃の自分を責めなくていいよ。それは「何かしてあげたい」って気持ちの正直な現れだし、ご家族と全く同じ気持ちだから。で、こういうときの補液に関してのデータを見てみるとね、ドイツの進行がん緩和ケア病棟72名の観察研究では、経静脈栄養(PN)を受けた群のほうが浮腫の頻度・程度ともにより強かった2)。フランスの多施設RCT(ALIM-K試験)でも、進行がん悪液質111名へのPN補充は健康関連QOLを改善しなかった3)。ただし消化器がん中心・重度栄養不良でHPN適応となった進行がん111名だと在宅PN導入群でQOL改善の報告もある4)――食べられない理由が違えば、結論は変わるかもしれないね。でも結局総合すると、Cochraneレビュー2023年版で緩和ケア成人の人工水分補給4試験n=422をまとめても、QOL改善や予後延長の十分な根拠はなかった5)と結論づけられているよ。
ナースちゃん:
ガイドライン、観察研究、RCT、集団差、Cochrane……階段降りるみたいに、「点滴は最低限の医療」って思い込みを崩しに来てますね。よし、じゃあこれでご家族さんを説得しよう!
考え方の軸――頭ごなしに正しさを押しつけない
先生:
ちょっと待って! エビデンスを知っていることは大事なんだけど、エビデンスでぶん殴れば解決するなんてことはないんだよ。
ナースちゃん:
先生たち、カンファや学会では皆してエビデンスでマウント取り合ってるじゃないですか!
先生:
それはそれ、これはこれ。まずは大切な3つの考え方の「軸」を説明するよ。
3つの考え方の軸
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先生:
軸①:ご家族や患者さんにまず、「どうして食べて欲しいのか」を聞く。医学を語る前に、愛情・無力感・「食べさせられない」喪失感を聞く。
ナースちゃん:
確かに、まずはご家族や患者さんがどう考えているかを知らないと、何にも始まらないですね。
先生:
それが分かったら次は、軸②:体が選んでいる量を尊重する。医師がご家族に「無理に食べると吸収が追いつかず下痢や嘔吐になる」「誤嚥でかえって、肺炎を起こすこともある」「横になる時間が長いとエネルギーは要らないので、今くらいの量でちょうど良いのではないか」など、医学的な知見と患者さんの状態をかみ砕いて説明する。
ナースちゃん:
医師がそう説明した後で、ナースは何を言えば?
先生:
追い打ちじゃなくて伴走。「食事が少ないのは、お母さんの体が今、いちばん適切な量を選んでいるんだと思います」とか、主語を患者さんご本人に寄せて伝える。医師が言うと「医学的に正しい」になるけど、ナースが言うと「お母さんが選んでる」になる。届く深さが違うんだ。
ナースちゃん:
主語の翻訳。ナースが圧倒的に強いところですよね。
先生:
軸③:「ダメ」じゃなくて「試す」で感情に伴走する。 点滴を強く求められたときは、意固地に反論して対決するんじゃなく、ときに「じゃあ、試しに一度やってみましょう」って選択肢を持つことも大事だね。日本緩和医療学会の『終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン』でも、ご家族と患者さんの価値観・意向を尊重しながら症状に応じて個別判断することを基本としている6)。200mLの小さな点滴バッグを1回皮下点滴くらいなら、体にも大きな負担にはならないからね。ナースは「先生に伝えて、相談してみますね」でいいよ。ただ、医学的に安全な「試し」のためにも、ぜひ過剰補液の観察項目も覚えておいてね!
補液過剰を疑う観察ポイント6つ
(タップして拡大↑)
ナースだけが拾える「医者の前では言えない本音」
先生:
ここから今日いちばん伝えたい話に入るね。患者さんは医師の前では「いい患者」であろうとして、無理して「元気になってきました」とか「薬効いてます」って言ってしまうことがある。臨床現場で何度も見てきた光景だよ。一方でナースの前では、消灯後にボソッと本音が漏れる。
ナースちゃん:
さっきの私の患者さんの「つぶやき」も、たぶん主治医の前では絶対言わない言葉です。
先生:
そう。そしてその本音は、しばしばご家族の希望とも矛盾することがあるんだ。
- ご家族「最後の一口まで食べさせたい」 ↔ 患者さん「もう食べたくない、もう楽になりたい」
- ご家族「点滴続けてください」 ↔ 患者さん「もう針を刺すのは嫌だけど、家族には言えない」
- ご家族「最期まで頑張ってほしい」 ↔ 患者さん「家族が頑張ってくれてるのに申し訳ない、でも本当はしんどい」
ナースちゃん:
ぜんぶ、見たことある光景です。
先生:
「ご家族の希望は尊重すべき」って医療者の中で金科玉条みたいに言われるんだけど、ご家族の希望を無批判に尊重することは、ときに患者さんご本人の希望から目を背けることにもなりうる。だからこそ、本音を拾えるナースの立ち位置が大事になるんだね。看護学の理論枠組みでも、ナースが「primary palliative care provider」として機能しうると整理されているんだ7)。
ナースちゃん:
私たちナースが、しっかり患者さんの味方でいてあげなきゃ、ですね!
先生:
そうだね。でも、同時に大事なのは、ナース1人で背負わないこと。拾った本音は多職種カンファで医師・MSW・心理士・緩和ケアチームに持ち込む。1人で抱え続けると、ナースが燃え尽きちゃうからね。
ナースちゃん:
でも、「患者さんが本音言ってました」だけだと、カンファでも流れちゃうんじゃないですか?
先生:
たとえば、「昨夜、患者さんが『もう針を刺すのは嫌』とおっしゃっていました。ご家族には『点滴を続けてほしい』というご希望があるので、次にご家族が来られたら先生から触れていただけませんか」って、いつ・誰が・誰に・何をまで言語化して渡すと伝わるようになるよ。
ナースの3つの仕事と、3つの「分かったつもり」
先生:
今日の話を整理しよう。①ご家族の「なぜ食べさせたいのか」をまず聞く。②患者さんがボソッと漏らす本音を拾ってチームに持ち込む。③「ダメ」じゃなくて「試す」で感情に伴走する。
ナースの翻訳3段フロー
(タップして拡大↑)
先生:
最後に、今日壊しておきたい「3つの分かったつもり」も確認しておこう。①終末期でも栄養を入れたほうが良い→悪液質は栄養不足じゃない。②点滴くらいは最低限の医療→Cochraneでも根拠なし5)。③ご家族の希望は尊重すべき→ご家族の希望と患者さんの本音はときに乖離する。ナースが拾った本音をチームに可視化することで、ご家族の愛情と患者さんの意思の両方を支えられるんだ。
ナースちゃん:
あの、先生。私たちナースが、ご家族の気持ちまで翻訳して、患者さんの本音まで拾って、医者とご家族の間に立って、チームに持ち込んで、観察もして……ってこれ、もはや通訳者じゃなくて外交官の仕事じゃないですか? 給料は外交官じゃないけどね!
先生:
……今日は早く帰って、ゆっくり休んでね。
【参考文献】
1)Arends J, Strasser F, Gonella S, et al. Cancer cachexia in adult patients: ESMO Clinical Practice Guidelines. ESMO Open. 2021;6(3):100092. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8233663/
2)Berbée C, Marx JP, Voelker MT, Schotte D, Bercker S. Parenteral nutrition in palliative care: single-centre observational study. BMJ Support Palliat Care. 2022;14(e2):e003581. https://spcare.bmj.com/content/bmjspcare/early/2022/06/05/bmjspcare-2022-003581.full.pdf
3)Bouleuc C, Anota A, Cornet C, et al. Impact on Health-Related Quality of Life of Parenteral Nutrition for Patients with Advanced Cancer Cachexia: Results from a Randomized Controlled Trial. The Oncologist. 2020;25(5):e843-e851. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7216468/
4)Cotogni P, De Carli L, Passera R, et al. Longitudinal study of quality of life in advanced cancer patients on home parenteral nutrition. Cancer Medicine. 2017;6(7):1799-1806. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/cam4.1111
5)Buchan EJ, Haywood A, Syrmis W, Good P. Medically assisted hydration for adults receiving palliative care. Cochrane Database Syst Rev. 2023;12(12):CD006273. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10720602/pdf/CD006273.pdf
6)日本緩和医療学会. 終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版). https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=90
7)Wittenberg E, Goldsmith JV, Chen C, Prince-Paul M. A conceptual model of the nurse’s role as primary palliative care provider in goals of care communication. PEC Innovation. 2024;4:100254. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10828588/
University of Technology Sydney, St Vincent's Hospital Sydney
Visiting Scholar
緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。現在はオーストラリア・シドニーで、緩和ケアの質改善や教育に関する研究に携わっています。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
X:しくじり緩和ケア医@シドニー
(@StumblePall)
著者が出演したYouTubeチャンネルのご案内
患者対応に差がつく魔法の緩和ケア 第1回スペシャルトーク!
共感ってなに!?
https://www.youtube.com/watch?v=T9MHAgHcGEQ
患者対応に差がつく魔法の緩和ケア 第2回スペシャルトーク!
もう「何もできない」とは言わせない! 口内炎ケアで看護師ができることまとめ
https://www.youtube.com/watch?v=S9XyYA-kK3Y
患者対応に差がつく魔法の緩和ケア 第3回スペシャルトーク!
点滴しないと、寿命が縮まるんじゃないですか!? 終末期における補液の考え方とエビデンスまとめ
https://www.youtube.com/watch?v=zv8mq2vg9OE
