
「脳は人体に宿る“未知の宇宙”」と語るのは、大阪市・多根総合病院で脳神経外科の統括部長を務める三木義仁 先生です。脳神経領域の難しさ、看護師との連携のあり方、そして脳への尽きない探究心についてお話を伺いました。
――はじめに自己紹介をかねて、普段のお仕事について教えてください。
大阪市内にある多根総合病院という急性期総合病院で、脳神経外科医として勤務しています。現在は脳外科の統括部長も兼ねており、スケジュール管理や他部署との調整なども担当しています。一般外来診療、救急外来診療、受け持ちの入院患者さんの管理、手術処置など、業務全般に関わっています。
――三木先生は、脳神経領域のナースがどんなところに「脳外看護」の難しさを感じていると思いますか?
ひと言でいうと「評価」ですね。もちろん、これは脳神経に限ったことではありませんが、特にこの領域では、患者さんが自分の状態を言葉でうまく伝えられないことが多く、さらに意識障害があったり、あるいは鎮静状態、全身麻酔中というケースも多かったり、ナースはご本人の訴えだけでなく、客観評価から「今、何が起きているのか」「どこに異変があるのか」を察知しなければならない。その「異変」が本当に病的なものなのか、生理反応の範囲なのかを見極めるのも大変です。
たとえば瞳孔の左右差があるからとあわてて医師に連絡が来るケースがありますが、本来の病態的に右が大きくなったら「異変」だが、今回は左が大きくて、対光反射もしっかりあって、意識・バイタルも正常だから問題ないという場合もあります。普段見られない変化の報告は重要ですし、実際の診断評価を下すのは私たちの仕事ですが、医師としてはナースの観察力とアセスメントに大きく助けられている場面が多々ありますから、見たままの「報告」ではなく、気づきとナース視点からの「評価」があると、より質の高い連携ができます。
また、介助が必要な患者さんも多いため、一般的に脳神経領域のナースはハードワークと言えると思います。
――想定される変化と違う「異変」を察知することは確かに難しそうですが、評価報告してもらえると助かります。
そうなんです。たとえばですが、整形外科で「ギプスをまいているところが痛い」と訴えがあれば、ある程度原因は予測できます。またご本人の訴えもあります。脳神経の場合は、患者さんが「痛い」と訴えがなくても、似たような「異変」が起きているかもしれない。でもそれに気がつくのって、脳神経ナースでもとても難しいです。だから脳神経看護が苦手だと感じる方がいるのも無理はありません。好きな人はとことん好きだけど、苦手な人は本当に苦手(笑)。特定の誰かを指しているわけではないですが……(笑)敬遠されがちな領域ではあります。
――今回のセミナーの聴きどころを教えてください。
趣旨としては、脳卒中の全体的なアウトラインの理解を狙っています。その上で、日常看護で使える知識と経験を肉付けしていってもらえればと考えています。 全体像を把握してもらうために基礎的な項目に絞りましたが、一部、研修医レベルのようなすこし難しい内容もあるかも知れません。

――講義中にあった「JCS-300深昏睡の右小脳出血の患者さんが、術後2週間目に突然意識を回復した」というエピソードがとても印象的でした。(手術が成功したからだとは思いますが)脳という臓器の神秘性をも感じたのですが……三木先生は脳という臓器をどうとらえていますか?
まさに「神秘の世界」ですね。脳は地図通りにいかないことがしばしばあります。郵便物を何番目何番地に送ればそこに届くわけではないというか……ある場所が損傷すれば本来出るはずの症状が、なぜか出なかったり、同じ病態でもまったく違う経過をたどったり。「ファンクショナルシフト」といって、本来あるべき機能が別の場所に移って働くこともあるんですね。こういうのはちょっと、他の臓器にはあまり見られない特徴です。
あと、脳は「精神性」とも深く結びついていると感じています。心理的な側面やメンタルとのつながりも含めて、脳は「人体に宿る“未知の宇宙”」みたいな存在です。学生時代から「インナースペース」って呼んでいました。空間ではなく、宇宙っていう意味で。
――なるほど、そっちの「スペース」ですか。
「インナーコスモ」と呼ぶべきですかね(笑)。
実は診療科選択のときに、脳か心臓で迷ったんです。中枢臓器に携わりたい考えがあったので。あとは内科か外科かの掛け算で、脳外科、脳内科、心臓外科、循環器内科。あとはやっぱり精神科。非常に悩みましたが、最終的には未知の世界への好奇心、探求心にしたがって脳外科を選択した経緯があります。
脳って、ちゃんと説明して欲しいと求められるのに、説明がつかないことが多い(笑)。最近、年齢を重ねてきたこともあり「神様にしかわかりません」と堂々と言えるようになってきました。「ちょっと様子見ないとわからないんですよ」って。
――たしかに、他の科ではあまり聞かないかもしれないです(笑)。
そんな説明ないですよね。「先生、具合どうなんですか?」と聞かれてるのに、「ちょっと様子見ないとわかりません」。
これ多分“脳あるある”ですけど。他科では許されない気がします(笑)。でも本当にそうとしか言いようがないケースもある。それをきちんと伝えるのも、脳外科医の大事な役割かなと思います。やっぱり脳は、私たちの身体の中に存在する、一番身近な未知の世界ですから。
――最後に、メッセージをお願いします!
このセミナーを通して、脳卒中や神経疾患患者の看護への抵抗意識を少しでもなくして、親しみを持っていただけたら嬉しいです。一人でも多くの患者様の未来を明るくできるように、協力して頑張りましょう!
三木義仁
多根総合病院 神経・脳卒中センター 脳神経外科 統括部長
『脳卒中の病態・症状・治療とケア』
動画アーカイブで1CHAPTERお試し視聴できます!
▼プログラム
1 脳卒中 概論
脳卒中ってなあに?/どんな種類があるの?/ACT FAST
2 脳卒中 症状のスコア方法は?
症状のスコア方法は?/代表的な評価方法
3 脳梗塞・TIA 病態生理
脳梗塞とは?/TIAとは/脳梗塞の種類は?
4 脳梗塞・TIA 症状
脳梗塞の症状って?/TIAの症状
5 脳梗塞・TIA 治療
抗血栓療法剤/血栓溶解療法/血栓回収療法
6 脳梗塞・TIA 手術
【手術動画】機械的血栓回収療法
7 脳出血 病態生理
脳出血ってなんなの?/高血圧性脳出血/非高血圧性脳出血
8 脳出血 症状
頭蓋内圧亢進症状/神経脱落症状/髄膜刺激症状
9 脳出血 治療
脳出血治療の目的/非手術的治療/手術療法
10 脳出血 手術
【手術動画】神経内視鏡的血腫除去術
11 くも膜下出血 病態生理
くも膜下出血ってなあに?/予後と悪化因子/くも膜下出血の診断
12 くも膜下出血 症状
身体所見と神経学的所見/内科的合併症/治療法選択の考え方
13 くも膜下出血 治療
初期治療・術前管理/再出血予防処置/遅発性脳血管攣縮/続発性水頭症
14 くも膜下出血 手術
【手術動画】脳動脈瘤頚部クリッピング術/コイル塞栓術
15 頚動脈狭窄症 病態生理
頚動脈狭窄症ってなあに?/頚動脈が狭窄して起こること
16 頚動脈狭窄症 症状
頚動脈狭窄症の症状は?/特徴的な理学所見/無症候性頚動脈病変
17 頚動脈狭窄症 治療
頚動脈エコー/治療法選択の考え方/術後観察ケアのポイント
18 頚動脈狭窄症 手術
【手術動画】内頚動脈内膜剥離術(CEA)/頚動脈ステント留置術(CAS)
19 特殊な脳卒中
脳動静脈奇形/硬膜動静脈瘻/海綿状血管腫/静脈性血管腫/動脈解離/もやもや病/脳静脈/静脈洞血栓症
20 脳卒中看護のポイント
緊急入院時、急変時の観察と処置/意識障害の評価と経時的観察/神経症状の評価と経時的観察/バイタルサインの評価
