足のトラブルが原因で、暮らしや心まで失ってしまう患者さんを救いたい――。専門の道具や環境がなくても、看護師が現場で実践できる「持続可能なフットケア」のあり方を追求し続ける皮膚・排泄ケア認定看護師の細田夕子さん。誰よりも不器用だったと語る自身の経験をもとに、フットケアを「すべてのケアと信頼関係の入り口」として位置づける独自の視点と、明日からのケアが楽しくなるセミナーについて伺いました。
1. 自己紹介とフットケアをはじめられたきっかけ
「フットケアをやりなさい」知識ゼロからのスタート
医療法人水野クリニック、およびニノ切やまもとクリニックで看護師をしております、細田夕子です。皮膚排泄ケア認定看護師と、特定行為研修の創傷管理分野も修了しています。
私がフットケアを始めたもともとのきっかけは、認定看護師の学校から福井大学医学部附属病院に帰ってきたとき、看護部長に言われた「フットケアをやりなさい」という突然の一言からでした。当時は、認定看護師の教育でも足の創傷やフットケアの講義はほとんどなくて、全然何もわからない状態から、一から手探りで始めた感じです。
自分自身が十分教えてもらっていない状況でフットケアをしなければならなかったので、最初はすごく困りました。だからこそ、今フットケアでつまずいている人たちの気持ちは、痛いほどよくわかります。
でも、「やらなくちゃいけないな」と思っていましたし、もともと糖尿病の看護がすごく好きだったので、糖尿病の患者さんと会話をする中でフットケアを進めていきました。当時は月に40人ほどフットケアをしていました。
忘れられない患者さん――たった一つの靴擦れが奪った命と生活
そうやって現場を回していく中で、私のことをすごく可愛がってくれる患者さんと出会いました。その方は、ある会社のすごく強気な社長さんだったのですが、たった一つの靴擦れ(足の傷)をきっかけに壊疽になってしまったんです。
その足の傷をきっかけに、だんだん気力もなくなり、歩くこともできなくなって、足が真っ黒になっていく……。私たちはその足を見て何もできず、ご本人が痛みを訴えながら、結局、最初に傷ができてからわずか数ヶ月で亡くなってしまいました。
亡くなられた後、ご自宅へお話を伺いに行って、私は言葉を失いました。独りでの生活がままならなくなっていて、足に傷ができてからは、家の中をキャスター付きの椅子で漕ぐようにして移動していたという事実をそのとき初めて知ったのです。病院に来てくれている姿からは、家での生活がそんなに大変なことになっているとはまったく気づけませんでした。
奥様に先立たれたその社長さんは、これまでの人生で自分の足を自分で洗ったことがない人でした。すべて奥様に洗ってもらっていたため、足を洗う行為自体を人生で習っておらず、どう洗っていいかも理解できていなかったことが後々わかりました。亡くなった後に「ここまで生活を崩していたのか」と大きなショックを受けました。
亡くなる数ヶ月前には、私の顔を見るたびに泣いてしまう状況だったので、足の傷一つが原因で心までもここまで弱めてしまうのかと思いました。この経験が、私にフットケアを本質から深く学ぶきっかけを与えてくれたのです。
札幌での無力感と、金沢で確信した「教育」の意義
その後、結婚を機に札幌へ渡り、糖尿病や透析で「切断するかしないか」の瀬戸際にいる人ばかりが来る創傷ケアの外来に入りました。初診で足が真っ黒な人が来る環境で、足の学びは多く得られた一方で、「病院に来られる人はまだいいな」とも感じていました。窓口業務をしていると、地域のケアマネジャーや訪問看護師から「ずっと主治医の処方を続けているのに傷が治りません」という悲痛な相談電話がめちゃくちゃかかってきたからです。
しかし、専門外来にたどり着いたときには手遅れで、「切断するしかない」と告げざるを得ない患者さんが本当に多かった。40歳代や50歳代の働き盛りでも切断を突きつけられ、「こんなんだったら、もう死んだ方がましだ」と言われる方もいました。そこの病院では、大切断までは担っていなかったので、大きな切断になると大きな病院に送っていたんですけど、紹介先の患者さんから「僕はこれからどうなるんですか……」と電話が来たりして、心も救えないことがわかりました。自分のところに来たときにはもう手遅れ。「もっと健康なうちから、生活の場で予防できる方法はないのか」と悩み始めたのがこの時期でした。
そこから石川県済生会金沢病院の透析室に異動します。透析患者さんの足も非常に難しいですが、ちゃんと適切なチェックとフットケアがどこかで入れば、かなり救肢率が上がるという実感がありました。
たまたま今回、セミナーのアシスタントで来てくれる2人の看護師がそこにいました。彼女たちは自信がないながらも現場で細々とフットケアを続けていた人たちだったのですが、彼女たちのケアによって、切断率がかなり減っていることがデータでわかったのです。
彼女たちは私に「フットケアに自信がない」と言っていましたが、私が「できてますよ!」と伝えたら、そこから自分たちのケアに自信を持ってくれるようになりました。そのとき、フットケアは「人の教育とセットでしないとダメだな」という強い気づきがありました。自信をつけた彼女たちは、路上でのフットケア活動や能登の被災地でのボランティアにも活動を広げ、今では石川県内でもフットケアを支えるリーダー的な存在になってきています。
地域や病院の中に、足を守る「ゲートキーパー」が一人できれば、もっと多くの足を救える。だからこそ教育が大切ですし、私は自分の知識や技術を、相談に来てくれた人には惜しみなく全部渡すようにしています。
2. 「どこでもできる!フットケア」に込められたセミナーへの思い
完璧を目指してはいけない、100パーセントじゃなくていい
看護師はみんなすごい真面目ですよね。フットケアをするとなると、「いろんな道具を集めて、完璧な知識と技術がないとやってはいけない」みたいな思い込み、メンタルブロックがあるのかなと思っています。
でも、あるときから私は「完璧なものを目指してはいけないのがフットケアだな」と思うようになりました。医療現場で大切なのは、美しく完璧に仕上げることよりも、その人が安全に暮らせる状態に近づけることです。本当に私たちがやりたいのは、目の前の人が「今この靴下が履けない」「歩くと痛い」という、ちょっとした困りごとを少しだけ解決することのはず。足を完全にきれいにしなければならないというのは、思い込みかもしれません。
私はフットケアをやるとき、いつも患者さんの生活を「妄想」します。この人がこの足をこの靴で歩いたときに、どんな事件が起こるかな、転倒しやすくないかな、爪が靴下に引っかかって剥がれないかな、と。そして、「今日はここだけは整えておかないと心配だわ」という最低限のところだけをケアできればいいと思っています。
100パーセントの足に仕上げようとすると、時間もマンパワーもかかります。そんなやり方をしていたら、周りのフットケアに興味のない他のメンバーや管理者から、「他の業務があるのに何をやってるんだ」と白い目で見られてしまいます。
短時間でここまでやれば安全、という基準を自分の中に作って、限られた時間で仕上げる。道具も安価で揃えられるものから小さく始めて、どんどん技術を研鑽していったほうが圧倒的に早いです。私は専門スクールにも通っていませんし、誰よりも不器用ですが、「どうやったら安全に過ごせるか」にフォーカスを当てれば、やり方が100パーセントじゃなくてもいいとわかります。足の洗い方や、靴紐の結び方を一つ変えてあげるだけでも、変わることはいっぱいあります。
在宅ケアは5分で。みんなが幸せになる「持続可能なケア」を
専門の器材を揃えなくても、本当に簡単な道具から始められます。特に時間のない在宅ケアでは、私はだいたい5分くらいでやっています。
昔、私は師長に「時間をかけすぎ!短時間でやりなさい!」と、めちゃくちゃ怒られながらフットケアをやっていました。今思い返したら、あの言葉には本当に感謝しかありません。時間をかけすぎると他の業務に支障が出るので、チームの協力は絶対に得られなくなるからです。
協力をしてもらうには、みんなにとって幸せに向かわないといけない。患者さんにとっても、やる人にとっても、経営者や管理者にとっても、みんなにとっていい方向に向くこと。そのどれかが欠けていたら、誰も協力してくれないということを、私はいろいろな場所で実感してきました。
ですから、今回のセミナーで全部を学ぼうと思わなくて大丈夫です。「これなら今の自分にもできそう」「ここをもうちょっと勉強して深掘りしてみよう」と、自分だったら目の前の人にどういうフットケアができるか、やり方を考えるヒントや「問いかけ」を持ち帰ってほしいなと思います。
3. 限られた環境でも、工夫次第でできるケア
水の出ない被災地能登での「アイススプーンヤスリ」
これまで在宅や被災地など、病院以外の限られた環境でもたくさんフットケアをしてきました。2024年の能登半島地震の被災地に行ったときは本当に大変で、最初の2ヶ月ほどはお湯や水が全然出ないため、水も持参しました。状況に合わせてケアのやり方を変えていく必要がありました。
また、被災地では器材を洗浄することができません。そこでメンバーが知恵を絞って、使い捨てできるヤスリを作ってくれました。アイスクリームスプーンにヤスリを貼り付けて、ケアが終わったらそのまま捨てられるように工夫したのです。「この環境に行くなら、この作戦でいこう」という事前の工夫と作戦が大事になります。
在宅でも、ベッド脇がめちゃくちゃ狭かったり、正面から足を見られない環境はたくさんあります。どうしても対面できない場所でも、なんとか工夫して乗り切っています。
その工夫のベースにあるのは、「色々な人の知恵を借りる」ということです。能登のときも、車に水を積むと重すぎるので民間救急車に協力を得て運んだり、現地の情報を事前にヒアリングして、いろいろな人に相談しました。困ったときに自分だけで抱えるんじゃなくて、人に相談するのが一番早いです。
訪問看護師は特に一人でお家に行くことが多いので、「自分が全部判断しなきゃいけない、責任が……」と悩んでしまうかもしれません。でも、「一人で訪問に行ってるんじゃないよ」という気持ちでいてほしいんです。迷ったら一度ステーションに持ち帰って、みんなで一緒に考えればいいだけの話。みんながサポートしてくれているチームの代表として、自分がその家に行っているだけ。そのくらい、フットケアに気負いなく行ってほしいなと思います。
雑談から引き出される「人生史」と、日常のすべての興味
普段の生活の中で、フットケアとは関係ないことに興味を持っておくこともすごく役に立ちます。「今日はフットケアをやるぞ」と身構えるのではなく、広い視点を持って部屋に入り、患者さんの歩き方や靴、荷物を見るだけで、「この人はこういう暮らしをしているんじゃないかな」と生活が想定できます。
そして、足を触りながらお話ししていると、急にその人の「人生史」が出てきたりします。「若い頃に戦争に行きました」とか、「駆け落ちしたかったけれど相手が来なかった」とか、みんな勝手に楽しそうに話してくれるんです。そうやって日頃からいろいろな話を聞いていると、また別の看護の場面で活用できます。フットケアにおいて、技術と同等以上にコミュニケーション力や雑談力は重要な価値を持っています。
マレーシアでの気づき――1日5回の足洗い習慣がもたらす予防効果
先日、「フットケアで世界の足を救う」プロジェクトの一環でマレーシアへ行く機会がありました。そこでの経験は私にとって猛烈な反省と大きな気づきになりました。
イスラム圏であるマレーシアでは、豚肉や豚由来の成分が絶対NGなので、普段使っている保湿クリームの成分にも細心の注意を払わなければなりません。また、1日5回のお祈りの習慣など、文化や宗教背景を理解していないと、良かれと思ってやったことがタブーを犯すことになりかねず、「怖いな」と反省しました。
一方で、驚いたのはマレーシアの人たちの足がみんなすごく綺麗だったことです。肥満の方も多く、糖尿病や切断が増えていると聞いていたのに、なぜ綺麗なのか。理由は、彼らが宗教上の理由で「1日5回、お祈りの前に足を水で洗う」という習慣を持っているからでした。ただ水をかけているだけなのですが、暑く蒸れやすい環境であっても、菌などが角質の奥に定着する前に水で流され、そのまま自然に乾いてしまう。
さらに、お祈りの際にかがむ姿勢をとることもあり、日常の動作の中でアキレス腱が自然に伸びる機会が多いのかもしれない、と感じました。もちろん、それだけで断定できるものではありません。ただ、足の状態は文化や宗教、生活習慣と深くつながっているのだと実感しました。
「なぜこの人にこのトラブルが起きるのか。反対に、なぜ起きにくいのか」。その背景には、清潔習慣、姿勢、靴、動き方、暮らし方が関係しているかもしれません。マレーシアでの経験は、足だけを見るのではなく、その人の暮らしを知る必要があるということを、あらためて教えてくれました。
4. セミナーの対象者と、受講後の「明日からのケア・向き合い方」の変化
親から子へ伝わる「爪の切り方」の習慣を変えるコミュニケーション
マレーシアの人たちもそうでしたが、日本でも足の「深爪」の人が本当に多いです。なぜその切り方なのか理由を聞くと、だいたい「親がそう切っていたから」と言われます。「三つ子の魂100まで」で、大人になっても親の切り方を続け、それをまた自分の子供に教えてしまいます。
足の変形は骨格から遺伝するので、巻き爪になりやすい人は子供もなりやすい。そこに親譲りの「深爪の習慣」が合わさることで、親子代々同じように巻き爪のトラブルが悪化していくのです。
だからこそ、「なんでこんなに爪が短いの?」と聞いてあげること自体が、すでに立派なフットケアなんです。「爪をなんとかきれいに処置しなきゃ」と身構える必要はありません。
現在、分子標的薬の副作用による激しい爪のトラブル(爪周囲炎)で困ってクリニックに来られている肺がんの患者さんがいます。その方の娘さんも同じ爪の形状で、同じように爪のトラブルで困っていました。親子同じ形状の骨格だからこそ、家族から受け継がれるリスクに医療者が気づいてあげることで、「子供さんや孫さんも気をつけてね」と言葉をかけることができます。そういった生活への介入もフットケアの重要な役割です。
フットケアは目的じゃない、ケアにつながる大切な「入り口」
私にとって、フットケアは目的じゃなくて、すべての信頼関係やケアの「入り口」なんです。
足さえうまくいけば、そこから信頼関係ができて、訪問を受け入れてもらえたり、受診につながったり、ドロップアウトしそうな糖尿病の患者さんが長く通ってくれるきっかけになります。「フットケアをやるぞ!」と気負うと、生活背景まで考えすぎて一気に疲れてしまうので、「5分くらいで話を聴きながらやろう」くらいの気楽な気持ちでいいんです。困りごとを解消できれば、それだけで圧倒的な信頼関係が構築できます。
また、訪問看護におけるフットケアは、地域から信頼してもらう入り口にもなります。ケアマネジャーさんから「爪が切れなくて困っている利用者さんがいるけれど、足に強い看護師がいなくてどこに頼めばいいかわからない」という相談を受けることも少なくありません。
自分のステーションが「足のことも相談できる場所」として地域に認識されれば、足の爪切りという小さな困りごとをきっかけに関わりが始まり、その後の療養生活を継続して支える関係につながることもあります。病気を止める入り口であり、地域の暮らしを支える入り口でもある。フットケアは、それ自体が目的ではなく、看護につながる大切な入り口だと思っています。
「今日やる・やらない」を判断できる、明日からの楽しいケアへ
今回のセミナーには、目の前の患者さんの爪が切れない、足を見るのが苦手、爪ケアに自信がない、でも「なんとかしたい」と悩んでいるすべての方に来ていただきたいです。
セミナーを受けることで、みなさんの中に「今日やるか、やらないかの判断力」を身につけてもらいたいと思っています。爪だけを見るのではなく、靴や生活、血流を見て、「今日ここまではやらないと安全じゃないな」とか、「この足に手を出すと血流障害があって危険だから、今日はやめて医師につなごう」という判断ができるようになることが、何より大切です。
難しい技術や道具がなくてもできる工夫はたくさんあります。教科書的な知識だけでなく、実践の現場でどう工夫してどこまでケアを行うのか、そのリアルなプロセスを、私と優秀なアシスタントの2人からすべて惜しみなくお渡しします。アシスタントの2人も、私以上に現場でずっと悩んできた人たちなので、みなさんに寄り添った大きなヒントをたくさん持っています。
全国どこに行っても、看護師のみなさんは「知識と技術に自信がない」とおっしゃいます。資格を持っている人でもそうです。でも、結局は現場での経験でしか救えるものはありません。とにかく始めるしかないんです。
明日からの勤務で、気負うことなく、「ちょっとあの人の足を見てみようかな」「足を触るのって楽しいな、おもしろいな」と、明日からのケアが少しでも楽しみになってくれたらいいなと思っています。セミナーに来る人たちの悩みはみんな一緒です(笑)。自信がなくても、「それでもいいんですよ!」っていうのがセミナーで伝わればいいかなと思っています。
医療法人水野クリニック/ニノ切やまもとクリニック 看護師
皮膚・排泄ケア認定看護師、特定行為研修修了、日本糖尿病療養指導士、日本フットケア・足病医学会 フットケア・足病治療認定師、弾性ストッキング・圧迫療法コンダクター
会場セミナー 大阪府 2026/7/5(日) 10:00 〜 16:00
▼<プログラム>
1.フットケアはどこでもできる!
・今、医療界におけるフットケアの現状
・場所ではなく、視点がフットケア外来をつくる
2.フットケアが必要な患者とその病態
・糖尿病、透析、高齢者に多い足トラブルの特徴
・「なぜ足が悪くなるのか」を理解する
3.迷わない! 足の見かたと判断
・見て・触って・きく―― 見逃さない観察ポイント
・爪トラブル、胼胝・鶏眼の見分け方
・触っていいところ/注意が必要なところ
4.これだけやればOK! 足のケアの基本(洗浄・保湿・保護)
・毎日の洗い方と保湿
・靴の履き方・選び方
・セルフケアの伝え方とやる気をつかむコミュ力のコツ
5.在宅でのフットケアの実際
・限られた環境での工夫
・できる範囲で行うフットケア
・連携のポイント
6.フットケアと記録・診療報酬
・評価と記録のポイント
・診療報酬の基本
7.何を使えばいいか迷わない! 道具選び
・最低限必要な道具
・現場に合わせた選び方
昼食(小社では昼食のご用意はございません)
8.実習① 爪のケア
・爪ケアの基本
9.実習② 皮膚のケア
・角質ケア
・泡洗浄
質疑応答
【受講者へのお願い】
*実習ではペアになっていただき、健常足でお互いに爪のカットやケアを相互演習します(講師3名での指導を予定しています)。
*セミナー当日に向けて、支障のない範囲で爪を伸ばした状態でご参加をお願いします。
*爪切り、ニッパー、ゾンデ、やすり、グラインダーをお持ちでしたら、ご持参をお願いします(弊社でもご用意いたします)。
