第二の声、電気式人工喉頭との出会い

筆談でなんとかコミュニケーションをとれるようになってきましたが、家族に対してさえ、伝えたいことがすぐに伝わらず、不満を抱えて、相変わらず他人との接触は避けながら日々を過ごしていました。

2018年7月、手術から2年が経ったとき、妻が電気式人工喉頭(ユアトーン®)を買ってきてくれました。なんの相談もなく「ユアトーン®買ったよ。練習しーや」と。ありがたいことに、妻もなんとかしたいと考えてくれていたのです。

それからは、ユアトーン®を使わないと、妻と娘に叱られる毎日でした(今も……)。

最初は音だけだったのが、次第に文章になっていく。どんな音でも、言葉になって伝わるという喜びを得ました。これは何物にも代えがたいもので、新しい人生の始まりのように感じました。私にとってポジティブなターニングポイントでした。気持ちのV字回復です。

電気式人工喉頭を使った発声の理屈とコツ

電気式人工喉頭は、喉頭摘出者の代用音声のひとつです。

代用音声には、食道発声、電気式人工喉頭、シャント術があり、電気式人工喉頭は第二次世界大戦の際、頚部銃創で喉頭摘出を受け、声を失った人たちの対策として、アメリカで開発されました。わが国では、約半数が食道発声で、電気式人工喉頭は約30~40%の人が利用しています。

私の場合、食道へ腸を移植したり、皮膚を移植したりしているので、食道発声はむずかしく、電気式人工喉頭をトライするにも、首が腫れていて2年かかるといわれ、当初はやる気がありませんでした。

声になる理屈は、ユアトーン®の振動板が「ブー」という音を出し、それを首に当てて共鳴させ声を出すというものです。言うのは簡単ですが、実際に声を出すのにはコツがいります。振動板が首にうまく密着し、共鳴する場所を選んで音を出す。もし密着しなかったり、押し当てる場所が悪いと、「バリバリ」「ガーガー」と雑音ばかりが外に聞こえ、肝心の口から声が出ません。

家族からは、せっかちで早口になりやすく、聞き取りづらいことがあるので、一語一句ゆっくりとしゃべるようにとアドバイスもありました。ほかにも、口のなかに物があると共鳴しないので聞こえない、食事中はしゃべらない、お行儀よくするなどにも気を付けています。

聞くほうにもコツがいります。聞いているうちに、音に慣れてくるようです。口唇の動きを見ることで、なにを言っているかを推測できるようになりますが、新型コロナウイルスの蔓延でマスクをするようになって、むずかしくなってしまいました。

電気式人工喉頭のメリット、デメリット

自分の経験上から、電気式人工喉頭のメリット、デメリットについて述べます。

まずメリットですが、
①筆談と違って会話が成り立ち、伝えたいことがすぐに伝えられるので、お互いにイライラしなくなる。
②大きな音量を出すことが可能なので、年齢や肺活量に関係しない。
③比較的早く使えるようになる(人によります)。

次にデメリットですが、
①反響するところを探すのが困難なので、首が腫れていると使えない。
②機械的で平坦な音声なので宇宙人やロボットのように聞こえてしまい、知らない人から見られることが多く、恥ずかしくて使えなくなる。
③なんもしていないときにユアトーン®のスイッチに当たると、突然「ブー」という音が鳴り驚く。
④喫茶店などお店のなかでしゃべると、「なに?」という顔をして、周りの人が振り向き、目をそらされることが恥ずかしくて使えないなど、人工的な機械音を発声する人工喉頭器を特異な目で見られることの恥ずかしさと喉頭摘出患者への周囲の理解不足による孤独感といら立ちです。

寂しいばかりではない

意外だったのは店員さんの対応で、あまり反応せず、普通に接客してくれました。
息子の赴任先の山形へ行ったとき、ある天ぷら屋で、家族で食事をしました。電気式人工喉頭を使って大将としゃべったのですが、変な顔ひとつされませんでした。「不自然じゃないですか?」と聞いたところ、「お客さんはみな同じです」との答えで、それからの天ぷらが、一段とおいしく感じられました。

ほかにも以下のデメリットがあります。
⑤発音しにくい音がある。または不明瞭になり、相手が聞き取りにくいといった場合は、言葉を言い換える必要がある。
⑥広いところ、騒がしいところでは聞こえない、人込みでは使えないこともある。
⑦電池がなくなると使えなくなる。
⑧片手の自由が奪われる。

以前、50分ほどの講演の最後のほうで、手がつりそうになったこともありました。

みんなが不自由を感じていたとみえて、ユアトーン®装着型という進化形が出ました。首に固定し、指先のスイッチで発声するものです。「これはいい」と思いましたが、残念ながら私が住んでいる兵庫県にはなく、北海道と東京での地域限定販売でした。

心境の変化、障害を持っての社会参加

電気式人工喉頭を利用して、音声でコミュニケーションをとることを再獲得しました。家族の協力や(今もです!)鬼嫁の叱咤激励もあり、とにかく話す練習をしました。

ついつい横着してユアトーン®を使わないと、「ちゃんとしゃべって!」と叱られます。練習の成果か、わずか2カ月である程度の会話ができるようになりました。2018年10月の米子での理事会でユアトーン®デビュー。会議でしゃべることができて、みんなにも認めてもらい、涙が出そうになりました。第二の声、電気式人工喉頭という新たなコミュニケーションツールを得て、第二の人生をスタートしたのです。

その後、リハビリテーション病院やデイケアで、人としゃべる仕事に従事するようになりました。患者さんや利用者さんから「すごい!」「先生も障害があるのにがんばっている」と言われることも多かったです。

第二の人生、妻と一緒に、学会のついでに御朱印巡りなどいろいろなところへ行ったり、健康なときにできなかった楽しみができています。もちろん誰かが同伴でないとなにもできませんが、家族のありがたみをより感じるようになり、以前にもまして仲よくなったように感じます。

誰が言ったか忘れましたが「人は死に方を選べないが、生き方を変えることはできる」。まさにそのとおりだと思います。

このときの家族の気持ち

人工喉頭の存在は入院中から知っていましたが、すぐ使える状況ではありませんでした。本人自身が受け入れていない時期だったため、使用開始するのに時間がかかりましたが、本人自身が現状を変えたいと思い始めた時期と重なったので結果的に良かったです。お互い凝り性のため、一緒に練習できました。



太田利夫
西宮協立リハビリテーション病院

1957年生まれ。大阪医科薬科大学大学院卒業、医学博士。2015年58歳、働き盛りで下咽頭がんに。そして、2016年声帯全摘出し、声を失う。そんな時、電気式人工喉頭と出会い、第二の声を得た。電気式人工喉頭という音声によるコミュニケーションツールの重要性と、機能回復だけでなく社会生活に復帰、さらに講演という社会参加にも前向きに取り組むようになった。また、言語聴覚士養成校での講義を電気式人工喉頭で行うことにより、学生のモチベーションアップにつながっている。
西宮協立リハビリテーション病院名誉院長、日本リハビリテーション医学会専門医・指導医、日本整形外科学会専門医、日本リハビリテーション病院・施設協会理事、回復期リハビリテーション病棟協会理事。