音声のない生活とコミュニケーション

●コミュニケーションと社会的参加
手術後のコミュニケーションツールは筆談でした。社会的には引きこもり、開き直って人との接触を避けている状態でした。

喉頭を摘出することで、音声が消失し、音声によるコミュニケーションが不可能となりました。当然、日常生活への障害だけでなく、仕事や趣味への影響も出ました。そして、社会生活・地域活動への参加に問題が生じるといったネガティブな状況に陥っていきました。

●喉頭摘出者にとっての問題点


仕事や会議への参加はまだまだ不十分で、どちらかというと避けていました。

発声することは、自分の感情がよりダイレクトに伝えられます。それは、自分の存在を表すことができます。意思疎通ができたという満足感を得ることができ、自分自身の社会的存在の確保を認識するのです。すなわち、引きこもらない、社会的に参加するということです。私の経験から、生きていくには社会への参加が必要です! コミュニケーション能力が上がると、社会的活動も広がります!

●喉頭摘出者にとっての発声の重要性

コミュニケーションツールを得た社会生活参加・活動について

それが電気式人工喉頭と出会い、音声でのコミュニケーションが可能となりました。

しかし喉頭摘出者の問題点として、電気式人工喉頭を使用しても、人工的な機械音を発声する人工喉頭器を特異な目で見られることへの恥ずかしさによって、行動範囲が縮小することが挙げられます。喉頭摘出患者への周囲の理解不足による孤独感からくるいら立ちや、失声によって人との交流を断念せざるを得ないことに対するつらさなどのため、社会から孤立してしまいます。

“話すこと”は,自分の気持ちを相手に伝え、“お互いに意思の疎通を図る”ことです。人間として生きていくために、最も大切なことであるといわれています。しゃべることのできなくなった人たちにとって,その苦痛と絶望感は健常者の想像以上に深刻なものです。それはまさに、自分が陥った状況でした。

妻の感じたこと

第三者の視線はどこに行っても気になりますが、立場を変えると私たちもきっと同じだと思います。“気にしない”をモットーに、相手に「伝えよう」とする気持ちで接すると、相手も真剣に向き合おうとしてくれるようになりました。夫が「恥ずかしいから」と私に伝えさせようと話しかけてくるので「自分で話してみて」と、言うことにしています。

喉頭摘出者への支援としての、医療者みなさんの役割ですが、コミュニケーション手段の確保だけでなく、心理的な問題の支援を行ってほしいと切に願います。これは患者さんだけでなく、家族への心理的な援助が欠かせません。



次第に電気式人工喉頭をそれなりにうまく使えるようになり、周りの人にすこしずつ認めてもらえるようになりました。

その結果、次第に自信がつき、対人的な仕事や会議に積極的に参加するようになりました。徐々に前へ進んでいます。

先日、脳梗塞で失語症になった患者さんと、リハビリ会議をする機会がありました。「しゃべれないのが困る。恥ずかしい。くやしい」とたどたどしく訴えていました。私が「自分も(電気式人工喉頭を使った)機械的な声で恥ずかしいけど、こうして仕事ができていますよ」と言ったところ、突然泣き出して「ありがとう」と言ってくれました。仕事をしていてよかった!とつくづく思い、もらい泣きするところでした。

さらに友人の勧めで、電気式人工喉頭を利用して講演を行うまでになったのです。最初は不安でいっぱいでしたが、学生さんの感想文に勇気づけられながら、まずは30分、次は50分、そして1時間と休憩なしにお話ができるようになりました。今は言語聴覚士さんの養成校で対面での講演と質疑応答まで行っています。

妻の感じたこと

なにをするでなく、その日その日を生活していたところ、講演依頼がありました。本人は、はじめは戸惑っていましたが、家族みんなが「いいことだ!目標ができた」「お父さんの話がみんなのためになるなら引き受けるべき!」と、背中を押すことにしました。その結果、パソコンを利用して資料づくりに励み、生き生きとしはじめました(凝り性ですから)。

友人の声

言語聴覚士や看護師の養成校で、太田さんに講演を行ってもらうこと企画し、3校の養成校で講演を実施しました。どの回も、多くの学生さんに多くのことを感じ理解してもらう機会となりました。病と闘いながら、自分にしかできない役割を引き受け、それを前向きにまっとうしている太田さんの姿勢は、安易に考えていた病のイメージを圧倒し、障害のある人を支援する専門職の使命に素直に向き合うきっかけを与えてくれました。

もう一度言います。
音声によるコミュニケーションは重要であり、「生きていくには社会参加が必要!」 です。



太田利夫
西宮協立リハビリテーション病院

1957年生まれ。大阪医科薬科大学大学院卒業、医学博士。2015年58歳、働き盛りで下咽頭がんに。そして、2016年声帯全摘出し、声を失う。そんな時、電気式人工喉頭と出会い、第二の声を得た。電気式人工喉頭という音声によるコミュニケーションツールの重要性と、機能回復だけでなく社会生活に復帰、さらに講演という社会参加にも前向きに取り組むようになった。また、言語聴覚士養成校での講義を電気式人工喉頭で行うことにより、学生のモチベーションアップにつながっている。
西宮協立リハビリテーション病院名誉院長、日本リハビリテーション医学会専門医・指導医、日本整形外科学会専門医、日本リハビリテーション病院・施設協会理事、回復期リハビリテーション病棟協会理事。