2023年6月10日(土)に、オンラインによるウェビナー形式にて無料セミナーを開催いたします。セミナーでは、産業保健師・看護師を対象として、労働に関するあらゆる情報や医学・看護の知識を届ける弊社刊行『産業保健と看護』誌と、従業員を主体とし健康行動を促すサントリーグループの法人向け健康経営支援サービス 『 SUNTORY+(サントリープラス)』がタッグを組み、産業保健師・看護師にとって幅広く、実践に役立つ情報を提供します。ここでは、登壇者のお一人である加倉井さおり先生(株式会社ウェルネスライフサポート研究所)が『産業保健と看護』誌に寄稿された記事の一部を紹介します。

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その人の幸せな人生を応援する健康支援を

加倉井さおり
株式会社ウェルネスライフサポート研究所 代表取締役/保健師


健康のための人生?

働く世代の健康支援を行っている看護職のみなさんは、どんなことを楽しみに日々を過ごしていますか? 大切な誰かと一緒に過ごすこと、大好きな趣味をする時間、旅行に行くこと、おいしいものを食べること、友人との飲み会……きっとたくさんの「楽しみ」があることでしょう。

この「楽しみ」とは、「人生をよりよく生きたい欲求」であると私は考えます。誰もが自分の人生をよりよく生きたいと思うからこそ、今の職場を選び、そしてプライベートを充実させていきたいと行動します。ですが、「健康のために」と行動する人は、どのくらいいるでしょうか。健康であることは、その人の人生を豊かにし、より自分の叶えたいことを実現させていくひとつの手段ではありますが、目的ではないはずです。

人生100年時代と言われる中で、より人生を豊かにしていくにはどうしたらいいかということに多くの人の関心が高まっています。女性の4人に1人は95歳まで生きられるという推計結果1)や、100歳以上の人口が2050年頃には約50万人を超えるという推計結果2)があります。平均寿命は今後も伸びると予想され、2065年には男性84.95年、女性91.35年になると推測されています3)

2016年に発刊された書籍『LIFESHIFT(ライフ・シフト):100年時代の人生戦略』の中でも、「2007年生まれの子どもの“半数”が到達する年齢(寿命)が、日本の場合は107歳」と紹介されています4)。これらを踏まえると、まさに「人生100年時代」を生きていく時代になったといえるでしょう。この本では、「教育→仕事→引退」という人生から「マルチステージ」の人生へ、引退後はスキル・健康・人間関係といった「見えない資産」をどう育んでいくかが重要であることなども提言されています。

人生を楽しみ、豊かにするうえで、「健康」という見えない資産を育むにはどうしたらよいか。そこで考えたいのが、「ウェルビーイング(wellbeing)」という視点です。

ウェルビーイング(well-being)とは

ウェルビーイング(well-being)とは、身体的にも、精神的にも、社会的にも良好である状態を指します。「幸福」「健康」と翻訳されることもありますが、1946年の世界保健機関(WHO)憲章の草案の中で、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいう」と用いられています5)

健康診断に異常がなくても、精神的に不安定であったり不調になってしまう場合や、人間関係に悩み、社会的な役割が果たせずに充実感や貢献感が満たされない場合などは「ウェルビーイング」な状態とは言えないでしょう。すべてのことが満たされることは難しくても、これからの時代は「ウェルビーイング」を目指した健康支援が大切であると考えます。

心とからだと働き方を含めた生き方を整える「ウェルネスライフ」

筆者はこの「ウェルビーイング」を実現するひとつの考え方として、「ウェルネスライフ」を提唱しています。これは「心とからだと働き方を含めた生き方を整えて、自分らしく人生をイキイキと過ごせること」と定義しています。病気やハンディがあっても、その人にとっての「ウェルネスライフ」はあるという考え方です。

働き方によって心と体の健康を損ない、その結果働けなくなっていく人を見てきました。働くことで、心と体の健康が損なわれていくことは、決してあってはならないことです。産業看護職は、その人にとっての幸せな人生につながる健康支援を日々行っているという視点を忘れてはいけないと考えます。

誰にでもある「欲求」

目の前の社員の健診データや行動に問題意識を持ち、なんとかその人の行動変容を促したいと思うのもまた看護職でしょう。今のままの行動を続けていたら、きっと血圧が高くなる、血糖値が悪化する、肝機能が……と、アセスメントしながら心配する気持ちのほうが大きくなるのではないでしょうか。

過食に伴う肥満、飲酒の過剰摂取、運動不足、長時間にわたる労働は、いずれも心身の健康を害する要因です。ですが、人間にはさまざまな欲求があります。心理学者アブラハム・マズローは「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求と愛・所属の欲求」「承認・自己承認の欲求」「自己実現の欲求」の5段階に理論化しています6)が、おいしい食事を食べることやお酒を飲むことも、やりがいのある仕事を頑張って寝不足になってしまうことも、その人が「自己実現に向かって成長していることの証」だと考えることもできます。そしてその行動には、「そうしたい」理由や「そうせざるを得ない」理由が必ずあるはずなのです。

自らの生き方を考える勇気づけ保健指導®️を

私は、その人にとっての幸せな人生を支援する「勇気づけ保健指導®️」を提唱しています。これは「相談に来た人が、人生の課題や健康問題に自ら立ち向かえるように勇気づけのマインドとスキルで支援すること」と定義づけています。

人には可能性があり、向上心があるということを信じること。自分と未来は変えられる、答えはその人の中にある、言葉は行動を変えるということを信じるという、この5つのマインドを大切にしています。「何度言ってもこの人はダメ」「あの人はやる気がない」というこちら側の思惑は、相手に透けて見えてしまいます。

産業看護職が来談者に対して、問題点を教える、問題の原因を理解させる、解決策を教える、つまり「~させる」保健指導、マイナスや弱みに焦点を当てる保健指導では、相手の心は動かないでしょう。社員が自ら問題点を見つけ、解決策を考える、どうしたら実行できるかを考える、そして産業看護職はそうできるように援助する保健指導にプラス、強みに焦点を当てることこそ、相手を勇気づけ、心を動かす保健指導であると考えます。

引用・参考文献
1)厚生労働省.平成29年簡易生命表.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/dl/life17-15.pdf(2019年11月1日参照)
2)国立社会保障・人口問題研究所.日本の将来推計人口(平成29年4月推計)http://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/db_zenkoku2017/s_tables/1-4.htm(2019年11月1日参照)
3)内閣府.平成30年版高齢社会白書.https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_1_1.html(2019年11月1日参照)
4)グラットン,Lほか.LIFE SHIFT(ライフ・シフト):100年時代の人生戦略.東京,東洋経済新報社,2016.
5)公益社団法人日本WHO協会.健康の定義について.https://www.japan-who.or.jp/commodity/kenko.html(2019年11月1日参照)
6)ゴーブル,F.マズローの心理学.東京,産業能率大学出版部.1972.

*『産業保健と看護』2020年12巻1号特集「特集人生の楽しみであるからこそ解決が難しい 『食べたい』『飲みたい』『遊びたい』への保健指導」より抜粋・改変