ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。
ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。
松蔭大学看護学部 精神看護学助教
地元長崎で高校卒業後は介護士として働きながら准看護師の学校に通う。准看護師資格取得後は精神科で働きながら、夜間は正看護師の学校に通学し資格を取得。その後、公立系の精神科病院で4年働いた後に、看護大学で働くため上京。現在2カ所目の大学で教員6年目。助教として精神科看護の授業を持ちながら、精神科に関する研究なども行う。
著書『1分で劇的に変わる!対人関係がうまい看護師があたりまえにやっている50のこと』(メディカ出版)
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。
まさか続きのキャリアの遍歴
白石:
川下さん、お久しぶりです。以前、精神科に関する勉強会・飲み会でお会いして以来ですね!当時も現在のところで大学教員されていたかと思うのですが、川下さんのこれまでのご経歴についてお聞きしてもいいですか。
川下:
もちろんです。いろいろな経緯を知ってもらっていたほうがいいと思うので、長くなりますがお付き合いください。まず、僕は高校卒業した後に老人ホームで介護の仕事をしていました。それが医療福祉の世界に入り込んだ最初のきっかけでしたね。元々、介護領域に興味があったわけではなく、大学に行くという選択肢がそもそもなかったので、親の勧めで働くことになりました。そのため、当初は若気の至りというか尖りというか、おじいちゃんおばあちゃんとかかわることも正直嫌だなぁと思っていたんですけど、1年ほど働くなかで利用者の方々が私に優しく接してくれることがすごく温かく感じるようになっていきました。そんな矢先に、目の前でおばあちゃんが倒れ……大事には至らなかったんですが、そのときになにもできなかった自分に不甲斐なさを感じて。そこからいろいろ調べていくなかで看護師という仕事を知り、看護の道に進めば目の前で倒れたおばあちゃんを救うことができるんじゃないかと。看護学校へ行こうと決意するんですね。
白石:
川下さんのキャリアのはじまりは介護の仕事だったんですね。
川下:
そうなんです。だから、僕は学生の時間がけっこう長いんですよね。まずは施設で働きながら准看の学校に通い資格を取って、准看として働きながら正看の夜間の学校に通っていました。正看の学校に通うタイミングで、友だちが精神科で働いていたことをきっかけに、准看として昼間働きやすく、かつ勉強もしながら仕事も両立もできて給料面もよかったので自分も精神科で働くようになりました。そのときまでは精神科にまったく興味はなかったんですけどね。
白石:
元々は興味がなかったけど、まさかのきっかけで今につながるんですね。
川下:
そう、まさかで自分でもびっくりです。そこから精神科で働きながら尊敬している先輩との出会いをとおして、精神科看護の魅力に引き込まれていくんですね。精神科で働き出したばかりのころは、正看を取ったら大学病院の急性期病棟でキャリアを積んでいきたいと考えていたんですけど、その話を尊敬している先輩に話をしたら「じゃあお前が大学病院で働いているうちに、俺は精神科看護を突き詰めとくわ」みたいなことを言われて、自分のなかで強烈な違和感があったんですよ。「こんな先輩になりたい」「いつかこの先輩を追い抜きたい」と思っているのに、僕は違うフィールドに行くのか、これでいいのかって。そこで、僕も先輩に追いつくために精神科看護を頑張っていこうと決意して、これが自分のキャリアが大きく変わる転換期となりました。
ただね、僕は准看のときもすごく不真面目で、ほぼ全科目再試験で無断欠席をしたり、金髪ですごく派手な格好をしていたりして、先生に「あなた看護師向いていないからやめなさい」と言われたこともありました。だけど、施設での先ほどのエピソードを話してそれでも看護師になりたいんだと伝えたことで、理解してくれて。なんとか実習だけでもと頑張って患者さんと向き合うことを続けていったんですね。それで、正看の資格を取った後に看護師も専門卒と大卒では基本給が違うこともあって、どうせ看護師で働くならとその後は看護大学に編入していたんです。
白石:
准看と正看を取られた後に看護大学に進学したんですね。
川下:
そのころは、できれば保健師として精神保健福祉の分野で働けないだろかという気持ちもあったんですよ。だけど、長崎県で保健師として働くとなったら、県庁や市町村の市役所みたいな行政で働く以外の求人がない状態で、すごく倍率も高かったんです。元々頭も悪いし、大学に編入したときに周りの頭の良さについていけず、自己嫌悪に陥って大学面白くないな、行きたくないな……という気持ちもあって、早々に保健師はあきらめました。
当時は県外に出るつもりはなかったので、長崎県で精神科看護師として成長していきたい、そのためには精神科の中核病院で働きたいと思い、公立系の精神科病院に就職します。そこで3年目くらいのときに看護研究を進めていくなかで、研究指導を受けていた先生から「教育分野に興味はないの?」「来年度、関東に行くんだけど、一緒に来ない?」というお誘いを受けて。精神科の専門看護師もいいなと考えていたこともあったので、それは面白いことだと。まさか自分が教員になれるとは思っていなかったので、その翌年に関東の看護大学で助手として働きはじめるわけですね。これが教員のキャリアのきっかけとなった出来事です。
教員現場での葛藤、苦悩から成長へ
白石:
まさか続きのキャリアのきっかけでしたね。それから関東に来て、助手として働くなかで、どのようなことがあったんでしょうか。
川下:
はじめて教育分野で働くということで、本当に右も左もわからないわけですよ。病院で働いていたときとまったく違って、当時一番苦しかったのは患者さんとかかわれないことでしたね。あとは、大学教員の空気感というか……あ、ちょっとほかの教員がいないか確認してきます、よしよし誰もいない(笑)。
白石:
(笑)。
川下:
これは僕の個人的な気持ちですけど、ピーなんですよ。今では僕もその1人かもしれないですけど……いわゆるピーというか、僕のピーやピー、ピーとかピーとかでピーなわけですね。基本的には前向きなタイプだと思うんですけど、一時期はうつ状態のようになって、一度地獄を見たわけです。すべてを捨ててこっちに来たのに、教育分野で働くという夢はあっけなく1年で終わり……。そのなかでも僕のことをすごく気にかけてくれていた先生がいて、その先生の「大学院に行きなさい」という言葉に救われて、先生の紹介で大学院に進みました。
元々臨床では児童思春期分野が長かったので、子どもの虐待に関するテーマを大学院では進めていましたね。大学院に進んでなにが面白かったというと、論理的思考力が身につくんですよ。これまで抽象的でぼや~っとしていた看護や精神科の世界で、どうやって論理的に説明すればいいんだろうという思考力がついたことだと思っています。そこで学びながら実習の教員バイトをしていくなかで出会ったのが#027のインタビューに出ていた、後に僕のライバルとなるシーサーさんですね。
白石:
ここでシーサーさんとの出会いが(笑)。
川下:
そうなんです。僕が教員で、シーサーさんは指導者として出会ったんですけど、病棟でも目立っていたんですよ。僕も「この人一体何者なんなんだろう」とシーサーさんのことが気になって……ってシーサーさんの話になっちゃうのでここまでにして(笑)。大学院在学中もできる範囲で教員バイトをしていたので、大学院を出たらやっぱりまた教育の場に戻りたいと思うようになり、だけど精神分野の教員として働くうえで、地域のことを知らないとも気づいたんです。ぶっちゃけると地域や訪問看護の経験がなくても教員はやれるんですけど、僕は知っておきたいと思ったんですよね。自分で経験しておくべきだと。それで実習指導のない期間は自宅近くの精神科訪問看護ステーションでアルバイトをはじめるんです。あ、同時に重症心身障害者施設のグループホームの夜勤バイトもやっていましたね。
だけど、大学院を修了して教員として働きたいと思っても、教員の仕事ってご縁とタイミングというのもあり、なかなか席が空いてなかったんですね。それで指導教授とは「空きが出たら紹介するから」という約束をして、いったんはアルバイトしていた精神科訪問看護ステーションに常勤として入職しました。そこで1年ほど働いた後に、今いる大学にご縁があって、教員として働くようになって現在6年目ですね。ようやく現在にたどり着きました(笑)。
追いつき追い抜きたい、反骨精神が支える看護の道
白石:
川下さんの経歴やどんなことを考えながら働いていたのかが時系列でよくわかりました。いくつか気になったところをお聞きしてもいいですか。
川下:
いいですよ。
白石:
はじめて働いた精神科の病院で尊敬する先輩がいたというお話がありましたが、そのときに「追いつきたい」「追い抜きたい」というようなことを話されていて気になったんですよね。私だったら、追い抜きたいというような気持ちよりは、自分とは一線を画すように感じてしまうかもと思ったんですけど。その先輩はどんな看護師さんだったんですか。
川下:
その先輩は僕と同じように准看から正看になって、経歴が似ていたんですよね。年齢も1つか2つしか変わらなかったので、「すごい」という気持ちよりも「真似したい」気持ちが強かったかもしれません。とくに患者さんとのかかわり方が、患者さんのことをすごく考えて親切に対応しつつも、時折冗談を言い合ってユーモアがあって、そういうところが好きだったんですよね。自分の素を出しやすい看護がこれだ!みたいなヒントを得たというのかな。これは元々の僕の性格もあるかもしれないけど、小学校からずっと野球をやっていたので体育会系の考えが染みついていて、誰かを追い抜きたいとか、反骨精神のようなものが常にあるんだと思います。
反骨精神がいいほうに向かうこともあれば、悪いほうに向かうこともあって。あの人は僕のことを見下しているとか、この野郎って思うこともあって勝手に被害的な思い込みが膨らんだりすることもあるんです。だけど、結局そこから見返してやると頑張るんですよ。そういうところは僕の良くないところだなと思っているんですけど、なにかをずっとやり続けられている原動力っていうのは、今白石さんに言われてみて思ったんですけど、これは反骨精神なんでしょうね。
白石:
あ~私はそこが川下さんのいいところだなと思うんですけど、「負けられない」とか「やるからにはてっぺん取ってやる」っていう気持ちが経歴のお話のなかにも垣間見られた気がします。それで、今は大学の教員としてなにか専門・研究分野とかはあるんでしょうか。
川下:
よくぞ聞いてくれました。今は精神看護の授業を担当しつつ、精神科に関する研究テーマを進めています。2024年度の助成金を受けているプロジェクトとしては、ギャンブル依存症の普及啓発に向けた教材を作っています。まずはギャンブル依存症という病気を知ってもらうための一環で、VR活用を考えています。今度学会発表もするんですけど、VRでは競輪場に自転車で走る選手がいて、お客さんがいてその現地の熱狂や臨場感が伝わるような映像を再現するんです。VRによってレースを見たときにギャンブル中の気分の高揚みたいなものがあるかないか、疑似体験できるのではないかという仮説を立ててですね。こうした疑似体験をもとに、ギャンブル依存症になっていく過程を知る教材が作れるのでは思っています。これは看護師だけではなく、エンジニアさんなどの技術者にも協力してもらって進めています。
※2024年8月25日『日本教育情報学会』にて発表
白石:
へぇ~それは面白い取り組みですね!今後が楽しみなプロジェクトです。
もし時を越えられたら、過去と未来で
白石:
それでは、こちらで質問カードを準備したので選んでください。
川下:
右から9番目で。
白石:
はじめて出たやつだ。「もし過去・未来に行けるとしたらどうしますか」ですね。
川下:
僕の性格からいくと、過去を振り返ったらダメなんだと思うんですけど、どちらも語っていいですか。まず過去に戻るなら、僕は英語の勉強を頑張りますね。それは、また教員になりたいので、教員になるにはやっぱり英語の基礎学力があったほうが進学の幅が広がるんですよね。今はもうあきらめているんですけど、過去に戻って当時の自分に伝えたいですよね。
白石:
過去とは、どのくらいのころの自分をイメージされていますか。
川下:
中学1年生ですね。もう本当に基礎のところからです。たしか中2のころに英語アレルギーでくじけたんですよ。社会人になって大学院に行くようになって英語の塾で勉強するんですけど、なかなかアレルギーは克服できなくて、成長していきませんよね。英会話というよりは、ライティング・リーディングで、受験のための英語ってイメージです。
白石:
なるほど。もし当時、それなりに英語が得意だったとしたら、どのように進路が変わっていたかもしれないんですか。
川下:
高校卒業後にセンター試験を受けて、まずは看護大学にストレートで入学しましたよね。そもそもその発想・選択肢がありませんでしたから。
白石:
川下さんは最終的には看護大学に編入して大学院も修了されていますけど、遠回りしたとしてもこうしたゴールは一緒だったとして、そこになにか大きな違いってあるんでしょうか。
川下:
ここでまた反骨精神が出てきますね(笑)。自分の人生を送る、自分が成長するにあたって、いいところで学びたい、大きな病院で働きたいという気持ちが強くあって、すごくアスリートみたいな考え方で、いいチーム、強いチームでプレーしたいのと一緒なんですよ。自分のやっている看護を試してみたい気持ちがあるんですよね。だから、名門の大学とかで、どこまで自分が通用するのか、しないのかそういうところにわくわくしちゃうんです。負けたら「なにくそ!馬鹿にしやがって」ってまた反骨精神で頑張るんでしょうけど(笑)。
白石:
一方で、ストレートで看護大学に入って正看になっていたら、今の川下さんとしてはちょっとつまらないとか、面白くないんじゃないのかなとも思いましたね。
川下:
たしかに、どうなんでしょうね。たぶんここからは未来の話をしていくんですけど、僕の最終的な目標は海外だと思っているんです。でも、その前にまずは日本で一番面白い精神科の教員になろうと思っているんですけど。
白石:
そうなんですか(笑)。
川下:
そうなんです(笑)。日本一頭がいいとか、なにか学歴や経歴とかで比べられても僕は勝てない。正直そういうところで競うんじゃなくて、どうやったら自分が日本一になれるのかと思ったら、教員だけど教員っぽくないとか、ユーモアがあって面白いとかそういうところなら僕は勝てるなと考えたんですよ。孫子の兵法ではないですが、「勝てる場所で勝つ」というか「負けない姿勢」が大事なのかなと思います。みんな、それぞれ輝ける場所があると思っているので、それは日々自問自答しなければいけないし、看護師として教員として働くなかでやりたいことやりたくないことも全部やらなきゃいけない。とりあえずやってみなきゃわからないから、そういうことをやっていくうちに自分の勝てる場所(輝ける場所)ってどこなんだろうと思ったら、日本一面白い精神科の教員かなって。
これは研究者としてもそうですね。面白いアイデアで勝負したい、批判を食らう可能性もあると思うんですけど。そうしたら、次は世界の精神看護でカルチャーショックを受けたい、研修とか行ってそれを日本に伝えられたらって思いますね。そのためにはまず日本一にならなきゃいけない。
白石:
川下さんのなかで、海外の精神科で勉強するとなったら、どこの国とか、どこの分野が熱いとかあるんですか。
川下:
僕が興味を持っているのは、イタリアのトリエステという地域ですね。そこが精神科病院をつぶして、精神疾患を持っている方を地域の枠組みでみていくということをしていて。素敵じゃないですか。どうしてもどの国においても、精神疾患を持っている方っていうスティグマは少なからずあるわけで。僕がその本に出会ったことも大きなきっかけです。『精神病院はいらない!』っていう本ですね。その地域ではコロナ禍前に日本からもツアー研修が組まれていたんで、どうにか助成金を取って行きたいですね。
思いやりの心を育む、次世代の看護師たちへ
白石:
最後の質問にいきましょうか。「後輩の看護師に伝えたいことはなんですか」です。
川下:
僕は、看護は思いやりだと思っています。これは僕が精神科を専門にして教員をやっているからだと思うんですけど、学生とかかわっていくなかでもよく伝えていることです。知識や技術は正直自分が興味を持つところに出会えたら、勝手に自分で勉強するんですよ。あの患者さんが困っているなとか、苦しそうにしているな、なにか自分が手助けできることはないだろうかとそういう思いやりの声かけ、かかわりって教育では伝えづらい部分でもあって。各学生のパーソナリティの部分もかなり影響していると感じます。だから思いやりを持ってかかわれることって、それ自体がすごく素晴らしい才能だとも思います。
ただ、思いやりとはなにかと具体的には伝えたくなくて、各自がその思いやりをどう解釈するかで僕はいいと思うんですよ。研究じゃないですから。このインタビューの記事をとおして、自分なりに考えてほしい、そういう学生を育てていきたいと思っています。
白石:
なるほど。今、思いやりの話を聞いていて、たぶん看護学校や大学を目指して、入学したタイミングってその人なりのなにか人の役に立ちたいとか、思いやりの気持ちがある状態で入ってくるんじゃないかと思うんです。ただ、厳しい実習や看護師として入職した後の忙しさや業務のプレッシャーなどで、その思いやりってどんどんすり減っていくんじゃないかって。
川下:
そうですよね。白石さんが言うように、看護師になろうと思ってきた子たちは、みんな少なからず思いやりを持っている、看護師になる資質を持っている子たちだろうと学生を教えていて思います。ただ、その思いやりがすり減らないためには、学生の場合なら必ずその患者さんとの関わりのなかで振り返り、できているところを褒めます。ポジティブフィードバックともいいますけど、なにかそういう成功体験を小さなものでいいから作っていくことを僕は意識していますね。
実は大学院で博士課程に行こうとしたときに、この思いやりに関する研究をしようと思っていた時期もあったんですけど、調べていくと看護分野にとどまらず、日本語の歴史からやっていかないといけなくて、あきらめたんですよね。本当は思いやりを論理的に説明したかったんですけど、でもいいやと思って、抽象的でも。もうすでに浸透しているじゃないですか、言葉として。……って開き直っています(笑)。
白石:
じゃあ川下さんにとっての思いやりとは……。
川下:
あ、これは『プロフェッショ〇ル 仕事の流儀』の取材が来たときにしか答えないようにしておこうかな(笑)。
白石:
この企画もプロフェッショ〇ルを超えられるように頑張ります(笑)。今日はありがとうございました!
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さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。
目次
◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏
発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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