ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。
ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。
専門学校卒業後、看護系大学に編入し2年間学ぶ。大学卒業後、救命救急センターに配属となり、以降13~14年にわたり救急一筋でキャリアを積む。働きながら大学院に進学し、急性・重症患者看護専門看護師の資格を取得。現在は都内の救命救急センターでCNSとして勤務。
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。
「たまたま」看護師になった、専門学校から大学編入へ
白石:
HoTaRuさん、今日はよろしくお願いします。こうしてお話しするのは初めてですね。まず、これまでのご経歴を教えていただけますか。
HoTaRu:
専門学校卒業後、すぐに就職せず看護系大学に2年間編入しました。看護師免許を取ってからは15~16年目、臨床経験は13~14年目くらいです。新卒1年目から救命救急センターに配属になって、12~13年ずっと同じ施設で。途中、長期履修制度を使って3年間、フルタイムで働きながら大学院に通って専門看護師(CNS)の資格を取りました。2025年の4月に同系列の病院へ転勤してきて、丸1年が経とうとしています。ずっと救急の経験しかないですね。
白石:
専門学校を卒業してからすぐに就職しなかったのは、なにか理由があったんですか。
HoTaRu:
専門学校を卒業するとき、教育の在り方について感じることがあって……。当時の専門学校ってなんというか軍隊のような雰囲気があったんですよね。いい意味でも悪い意味でもその病院のやり方を徹底的に学ぶ場所でした。80~90人の同級生のうち半分はそのまま附属病院に入る形で、ある程度確約されている。それで本当にいいのかと思ったんです。専門学校と大学、教育の違いを学びたかったんですよね。
専門学校1年生のときから、どちらかというとやんちゃで反抗していたタイプで、「これはなぜこうなんだろうか?」と疑問に思うことが多かったですね。解剖生理を学んでも、これはなにに生かされるのか、どう看護展開に使うのか。「ミニドクター論争」が言われていた時期でもあり、そんなに診療に興味があるなら、なんで医者を目指さないのかといった風潮がありましたから。
白石:
「なぜ」が多かったんですね。じゃあ、そもそもなぜ看護師を目指されたんですか。
HoTaRu:
自分自身、看護師になろうと思ってなったわけじゃないんです。お恥ずかしい話ですが、たまたま専門学校の推薦試験を受けたら合格して。試験対策で受けたんです。最初は言語聴覚士の学校を考えていて、看護師の試験が先にあったので推薦で受けてみたら、そこが専願だったことに後から気づいて、結局そこに行くことになりました。
元々は社会科の教師や美容師、アパレルなど、人になにか教えたり、作ったものを見てもらって満足してもらえることに興味がありました。でも親の反対が強くて。親が歯科関係で働いていたので、「国家資格が取れるような学校にしか出さない。それ以外は自分で稼いで行きなさい」と。それで兄弟3人とも、医療系に進んでいます。
出身が離島で、18歳まで島で過ごしました。高校卒業後は島で就職するか、外に出て学校に行くか選択しないといけなくて。外に出るには専門学校にしか出してもらえなかったんです。
白石:
なるほど。それで専門学校と大学、両方を経験されたわけですが、実際にどう違いを感じましたか。
HoTaRu:
いろいろありますけど、強いて言うならある程度の文章が書けるようになるのは大学ならではだと思いました。レポートの量も専門学校より多いと思うので。思考を整理して物事を伝える、なにかを引用して自分の言葉で語る、そういったものは大学のほうが機会が多かった気がしますね。
ただ、実践力は専門学校のほうが強いかもしれないですね。実習時間が長く、附属病院があればそこでのリアルを教えてもらえる。当時は本当に朝から晩まで病院に行っての繰り返しでした。ただ、看護師への道はいろんななり方があるけど、ライセンスを持てば患者さんの前では同じ。受けた教育によってスキルの幅は違うし、就職後に淘汰されていくけど、入る時点でいろいろ分かれているのは面白いと感じていました。
在宅への憧れ、それでも救急一筋13年
白石:
大学卒業後は附属病院に就職されましたが、2個上の専門学校の同級生が先輩としていたと思うんですけど、そこでの経験はどうでしたか。
HoTaRu:
コンプレックスはありました。2年遅れて就職する形になったので。今思えば大学に行ってよかったし、その2年の差はそこまでなかったと思います。大学のゼミでは、クリティカルケアを専攻していたので救命センターに入りましたが、当時すごく思っていたのは、在宅に行きたいということでした。
でも1年目から在宅に行けなかったので、まずは救急でいろんなスキルを手っ取り早く身につけたいという思いもあったし、2年間遅れているところを急いで取り戻したい気持ちもありました。
白石:
最初は在宅に行きたかったんですね。そう思ったきっかけはなんだったんですか。
HoTaRu:
元々島で育ったので、高度な医療はあまり受けられませんでした。市民病院はあるけど200床ぐらいで、高度な医療を受けるにはヘリで40分ぐらい搬送が必要で。本土まで運ばれると、じゃあ誰がお見舞いに行くのか、誰が意思決定するのかという話にもなります。
実は当時、おじが脳幹出血で40代後半とまだ若かったのでドクターヘリで本土へ搬送するかどうかという話になりましたが、結果として、父や祖父母、その他の家族との話し合いの末、搬送せず島で経過を見るという選択をしました。そういったときに、地域医療や僻地医療について考えるようになったんです。
実習でのベテラン看護師さんとの出会いも大きかったですね。同行訪問に一緒について行かせてもらったとき、「学生が来てくれることで、私がやりたいことが2倍の手でできる」と言ってもらえて。当時は「学生はなにもできることがない」とよく思っていました。僕らが唯一できることはクーリングのアイスを替えるだけとか、実習指導者も厳しい方が多くいたりと、そういう時代を生きてきましたから。
でも在宅は少ない人数で最大限のパフォーマンスを上げたいというベテラン看護師さんの考え方があって、それにすごく共感したんだと思います。
白石:
それがHoTaRuさんの原体験なんですね。でも結果的に救急一筋13年になったわけですよね。
HoTaRu:
救命センターに配属が決まったときに、幸い自分の同級生が2つ上にいなかったので、比較する対象がいなかったのは精神的にありがたかったです。それもあって、気づいたら救急一筋になっていました。
CNSという道へ、ベクトルを合わせる調整役
白石:
大学院を受けられたのはいつ頃だったんですか。
HoTaRu:
看護師6年目です。5年目のときは認定看護師(CN)に行こうと思っていました。同じ病院から3人がCNを目指していて、私が1番年下でした。同じ部署に集中ケアと感染管理に行きたいという方も居て、私は救急のCNを目指していたんですが、院内には既に救急のCNを持つ先輩が2人いて。自分が取得すれば3人目になる。その2人が絶対的な存在すぎて自分が3人目としてやるべきことはもう残っていないのではないかと感じ、結果として認定を諦めました。
今思えばそんなこともなかったんですけどね。
白石:
「今思えばそんなこともなかった」というのは?
HoTaRu:
実際、今一緒に働いてみると、それぞれが得意分野を持っていて、目指すケアや役割があるんだなと。救急外来に強い人、災害に強い人、ICU管理に強い人。当時は自分のやれる隙間がないと思っていましたが、今ならそれぞれの強みを活かして協力できたんじゃないかと思います。
白石:
それでCNSという選択肢が出てきたんですね。なぜ急性・重症患者看護のCNSを選ばれたんですか。
HoTaRu:
自分が大学を卒業していたことを大先輩のCNさんに話したら、「大学院に行ったらどうか」と言われて。NPも興味がありましたが、CNSという道を知りました。救急や集中治療には、いろんな教育課程を経たスペシャリストがたくさんいます。でもそれぞれの知識や経験、育ってきた環境が違って、ベクトルがバラバラに向いている。当時の私は、最終的なベクトルが患者さんやその家族に向いていないんじゃないかと思ったんです。
CNSには調整役割があって、いろんなスペシャリスト同士を繋いだり、多職種の間に入ったりします。そのベクトルを患者さんや家族、スタッフに向けられたらいいと思って、CNSを選びました。家から車で5~10分のところに大学院があって、たまたまそこにCNSコースがあって、たまたま准教授の先生を紹介していただける話がきて。その日に大学院に行くと決めました。
白石:
たまたま、偶然の連続ですね……!大学院には働きながら行かれたんですよね。
HoTaRu:
子どもがまだ小さかったので、働きながら行くつもりでした。当時は同じ病院内に働きながら大学院に通う人なんていなくて……管理職からは「働きながら大学院に行く? そんなこと本当にできるの?」と言われました。前例がなかったので。「夜勤もするし、フルタイムで働いて大学院に行く」と言いましたが、なかなか理解してもらえず。まずは、なぜ大学院へ進学したいかを管理職へプレゼンし、その後、看護部長への面談を希望しました。部長さんもサードコースを働きながら行った経験があったので、「行けないことはない、行きたいなら行っていい」と言っていただきました。
それで7年目に大学院に入学して、長期履修制度を使い、通常2年のコースを3年かけて修了しました。働きながら学んだことをすぐ現場にフィードバックできるのが、長期履修制度の強みでしたね。そして10年目のときにCNSになりました。ただ、CNSを取ることがゴールではなくて、取ったところからがスタートだと思っています。
白石:
なるほど。それで東京に転勤されたのは、なにかステップアップが目的だったんでしょうか。
HoTaRu:
今いる病院では、管理職へ昇進するには試験を受けないといけません。そもそも私自身、管理職試験を受けていないんです。その代わりに転勤を選んだということも少しあります。今の病院はスタッフのまま転勤しました。私自身、自分が管理職に向いていないと思っていて。看護管理は誰しもが求められるものだし、体調管理もコスト意識も大事です。ただ、管理職となって管理中心の業務になってしまうと、患者さんやその家族からどんどん切り離されていく感覚があるんです。
管理職に向いていないと思っている人間がその場を管理するとなったら、その現場のスタッフに失礼だと思うんです。私自身、いつかはプレイヤーからプレイングマネージャー、プレイングマネージャーからマネージャーとグラデーションのように進んでいくのかなと思っています。ただ、今管理職になると、一足飛びで切り離される感覚があって、2足、3足わらじを履けるほど器用じゃないし、自分にそんなに自信もないんです。
「働くとは」ラッキーで出会えた看護という仕事
白石:
それでは、ここで質問のカードを引いていただきたいんですけど、この中から好きなものを選んでください。
HoTaRu:
左から9番目で。
白石:
「あなたにとって働くとは」ですね。
HoTaRu:
こんなことを言ったら正直嫁に怒られるかもしれませんが……(笑)、単身赴任中なので「稼いでもらわないと困る」と思われているでしょうね。働くとは稼ぐこと、たぶん正解はそれだと思います。
でも看護師になれたのはラッキーだったと思っていて。世の中にごまんとある職業の中で、200年続く看護師という職業に出会えた。自分が働くことで自分らしさを得ている。結局、看護師を辞めたらやることなくなるんじゃないかと今思っています。
白石:
看護を通じて自分らしさを得ているんですね。
HoTaRu:
まだ漠然としていますが、最終的には看護系の教員に進みたいと思っています。こっちに出てくるきっかけも、キャリアプラトーにぶち当たって、このままでいいのかと思ったことでした。結局、働いているからこそそう思うわけで。転勤をきっかけに変わっていくものがある。看護をベースに働くことを考えているんだと思います。
答え合わせのできない救急で、自分らしく
白石:
救急の現場って特殊だと思うんですけど、HoTaRuさん自身は長らく働いていてどう感じていますか。
HoTaRu:
助かっていく人もいれば、亡くなっていく人もいる。救命救急センターやICUの場では、心臓血管外科の術後で補助循環を使いながら戦っている人の隣に、蘇生後脳症により、終末期に入っている方もいる。同時進行で同じフロアの中で生きていて、自分たちはその患者さん達に等しく同じ質の看護を提供したいと考えています。
切り替えは難しいと最初は思いましたが、切り替える必要があるのかとも思っていて。別に急性期のスペシャリストと同時に終末期のスペシャリストであればいい。そこを包括している部分が絶対にあるので、そこに魅力を感じました。
白石:
CNSに行こうと思ったのも、そういった思いがあったんですか。
HoTaRu:
さっき話したベクトルの話ですが、実際にCNSとして働いてみて、本当にその力を発揮できているのか、答えが出ていないのが自分自身でもあります。場面によって必要な役割が違うと思うので。
白石:
なるほど。答えが出ていないというお話がありましたが、救急の現場ではそういうことが多いんですか。
HoTaRu:
救急や集中治療の領域って、自分たちがやった看護の答え合わせがなかなかできないんです。亡くなった方の家族に「自分たちの看護はどうでしたか」と聞けないし、急性期治療を脱して病棟に移った患者さんがその後どうなったか、話は聞いても自分たちの看護がどうだったかという答え合わせはできない。
でもCNSとして病棟訪問ができるようになって、活動日の中でラウンドしながら、自分たちがやった看護がどうだったか、それが継続看護に繋がっているか、そこを実際に客観視できるようになり、現場のスタッフへ還元できるようになった。それが僕の中での1つの答えかなと思っています。現場に還元したいという思いで今やっているので、働くという意味での自分らしさにも繋がっているんだと思います。
ただ正直なところ、ずっと救急でやってきたことがコンプレックスだった部分もあります。いろんな現場やフィールドを経験している人は、やっぱり看護の幅が広いなと思って。自分自身は、良くも悪くも救急のことしか語れない。それは強みでもあるし、弱みでもあると感じることがあります。
「なれてよかった」と思える毎日を
白石:
それでは最後に、後輩の看護師に伝えたいことを聞かせていただけますか。
HoTaRu:
教育のところが根底にあると思いますが、後輩たちはいろんな志を持ち現場に出てきます。親が看護師だったとか、小さいときに大病して看護師さんによくしてもらったから憧れたとか。3年ないし4年、様々な経験もして、国家試験を無事に合格して現場に出てきてくれている。
私がよく1年目の子に言うのは、あくまで個人の意見ですが、仕事ができるかどうかは正直最初のうちはどうでも良いかなと思っています。それよりも、自分がなりたかった看護師さんになれてよかったなと思って1年間過ごしてほしい。ライセンスを取って頑張ってきた子が1年経たずに潰れてしまったり、2年目以降に「自分がなりたかった職業と違った、思っていた看護師じゃないから続けられない」と思ったりするようなことがあってほしくない。
救急の現場だと、補助循環をつけているような重症患者がみられるとか、緊急の術後の受け入れができるとか、そういったところが到達目標になりがちですが、僕の中では1年目や2年目はそんなことはどうでもいい。それよりも、患者さんとの会話の中で、立ち振る舞いの中で、患者さんとその家族へ何かできるケアはないか、自分が看護師になってよかった、もうちょっと続けたいと思ってもらえたら、それでいいと思っています。
白石:
自分が自分のことをまず認めてあげられることは、確かに大事ですよね。
HoTaRu:
これだけ人の死に立ち会うのは、看護師や医師ぐらいじゃないかと思います。80、90歳まで長年生きてこられた方の、本当に最期の2時間とか2週間とか、時間単位は短いかもしれないけれど、そこに立ち会わせてもらえる。そんな仕事は他にないと思うんです。
だから、そこに誇りを持ってほしい。自分が昔からなりたかった看護師さんとか、途中で看護の道を進もうと思ったきっかけが誰しもあるはずなので、そこに立ち返って考えたときに、なれてよかった、もうちょっと頑張りたいと思ってもらえたらいいなと思います。
……って、そんなこと言っている僕が、元々看護師になろうと思っていなかったというオチですけどね。でもなってよかったと思っているんです。
白石:
それがちょっと面白いですよね。若い看護師さんが、自分らしく働くために大事なことってどんなことがあるんでしょうか。
HoTaRu:
さっきの話と矛盾するかもしれませんが、答え合わせを求めすぎないことだと思います。救急の現場で答え合わせができないと言っていて、CNSとして答えを求めに行っている自分が言うのもなんですが、それって本当に一握りで。患者さんに「ありがとう」と言ってもらえたら、それが答えかもしれない。でもそれを言いたくても言えない患者さんもいる。
答え合わせができなかったとしても、自分が自分らしくやれることが一番大事なんじゃないかと思っています。誰かに「あなたは良い看護師さんね」と評価してもらえるかというと、なかなかそれもなくて。
「さすってもらってよかった」「この声かけで救われた」「退院するときにまた会いに来る」「こうしてもらって嬉しかった」と言ってもらえても、もらえなくても、結局そこでやった行為、そのプロセスはなくならない。そこを大事に、自分で気づくこと。そして自分で自分のことを褒めてほしいですね。
白石:
反対に、周りの先輩ができることはなにかありますか。
HoTaRu:
教育的な立場に立ってなにか物事を伝えないといけないときは、「ポポネポ」をよく使っています。ポジティブなワードを多めに伝えて、改善してほしいことをポジティブ、ポジティブ、ネガティブ、ポジティブで挟んで伝える。それを続けていくと、相手も自然とこちらに相談してきたりします。人は褒められたいと思うし、褒められて伸びることのほうが多いので、積極的に褒めていますね。日ごろから後輩に「ありがとう」と言うようにしています。そうやっていくと、チームもうまく回っていくし、心理的安全性が守られる。
救急は生きるか死ぬかの現場で、一昔前は「あなたが受け持っていたから患者さんの状態が悪くなった」なんてざらに言われていた時代を生きてきた僕らだからこそ、後輩へ伝えることができることはまだまだ沢山あると思っています。
ロールモデルとの出会い、そして未来へ
白石:
いい話ですね。ちょっと聞いてみたいんですけど、HoTaRuさん自身は学生時代どうだったんですか。
HoTaRu:
自分自身、学生時代にそんなに困らなかったかというと、そういうこともなくて。成績は中の中ぐらいで、実習では厳しく指導されることも多々あったし、順風満帆に学生時代を終えたという記憶はあまりないですね。でも学生時代楽しかったと思えたのは、島育ちで高校卒業まで家を出たことがなくて、親元を離れる不安もあったんですが、専門学校の寮で人生のロールモデルのような方に出会うことができたんです。
その先輩は今、副師長をやられているんですが、その人みたいになりたいという思いが1番最初にあって、それが原点にもなっています。その方がよく言っていたのが、「学生は自分たちをよく見ている。鏡のように映っているんだから、自分たちが学生に良くすることでいつか自分たちにお返ししてくれる日が来るだろうし、それがなかったとしても学生に優しくしない理由はない」と。
時代が時代だからと言い訳はしたくないですが、感情論や机上の空論で物事を話すよりは、ちゃんと普段から「あなたのことを見ていますよ」ということを踏まえた上で、でも実はここが気になるとか、患者さんへのこういう対応は良くないんじゃないかと伝える。僕は基本現場で怒るなどの感情を表に出すことはないですが、患者さんやその家族に不利益だと思うことは言わないといけないと思っています。その先輩は今でも自分の目標であって、超えられない壁だと思っています。
白石:
素敵な出会いですね。最後に、あらためてHoTaRuさんにとって看護師になってよかったことを聞かせていただけますか。
HoTaRu:
一番はいろんな人に出会えたことですね。自分1人ではたぶん叶わなかったことが今いろんなところで起きていて、キーワードは看護師であることだと思います。人に教えることが昔から好きで、自分が考えている思考を伝えることで「そういう考え方があるよね」と言ってもらえることがすごく嬉しかったんです。看護師らしくない自分が、自分の思う看護師なんだと、今は感じています。
ありがたいことにいろんな経験を若いうちからさせていただきました。救急は結構アスリートと似ている部分が多いなと思っていて、やっぱり旬な時期があると思います。どんどん他のスタッフに追い抜かれていったときが、引き際じゃないかと。救急での引き際を見極めて、教育的な役割にシフトしていく過程で、いいきっかけが見つかったら別の道に進むのもありだと思っています。若い頃は留学などにも行きたいなと思っていたので、そこは巡り合わせや運次第かなと。
この37~38年生きてきて思うのは、ここまでラッキーで生きてきたということですね。嫁と出会ったのも看護学校でしたし、結婚して家庭を持って。看護師になってよかったと思うことはこれからもっとあるかもしれませんが、現時点では、幸運にもこの仕事に出会えた、それが一番大きいです。
白石:
たまたま看護師になって、でもラッキーだったと。HoTaRuさんの「自分らしさ」を大切にしながら、後輩たちにも「なれてよかった」と思える環境を作り続けているお話、とても印象的でした。本日はありがとうございました。
インタビュアー・白石弓夏さんの著書
私もエールをもらった10人のストーリー
今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。
さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。
目次
◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏
発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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