ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。

ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。



ゲスト:宮脇英恵
大学卒業後、都内の総合周産期母子医療センターである病院に就職。産科病棟、MFICU、産科外来、NICU・GCUなどで助産師として勤務。その後、渡米し公衆衛生大学院(MPH)へ進学。疫学・生物統計学を専攻し修士課程を修了。帰国後は日本看護協会に入職し、現在に至る。

インタビュアー:白石弓夏
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。


※政策や法律に関することなどは、取材時(2025年12月)の情報です

周産期をぐるっと経験、外来と病棟を行き来する働き方

白石:
今回は、日本看護協会で政策にかかわるお仕事をされている宮脇さんにお話を伺います。私事ですが、昨年の夏に出産しまして、高血圧でMFICU(母体胎児集中治療室)にお世話になったりもしました。なので、今日のお話は個人的にもとても興味深く伺えそうです。まずは、これまでのご経歴から教えていただけますか。

宮脇:
ご出産おめでとうございます。MFICUでの入院生活、大変でしたね。

私は大学卒業後、都内の総合周産期母子医療センターで助産師としてキャリアをスタートさせました。年間1400~2000件のお産を扱う規模の病院で、ハイリスクな方からローリスクな方までさまざまな妊産婦さんがいらっしゃいました。

最初は産科病棟で助産師として働く形でしたが、1年目の間に、ハイリスクの入院加療が必要な妊婦さんのケア、出産に立ち会い分娩介助をする分娩室でのケア、産後のお母さんたちのケア、シャワーの間などに赤ちゃんをお預かりする新生児室でのケアなどを3か月ぐらいごとにローテーションしながら担当しました。MFICUでの勤務もありましたし、その後、NICU・GCUに異動となり、小さく生まれた赤ちゃんたちのケアやご家族のケアを一体的に看る経験もしました。経験年数が上がると両親学級や乳房外来なども担当しました。

周産期をぐるっと、妊娠中から出産、産後、そして赤ちゃんがお家に帰るまでのケアを一通り経験させてもらっいただいたのが、病院での私のメインのお仕事でした。

白石:
かなり幅広く担当されていたんですね。病棟と外来を行き来する働き方は、どういう意図があったんでしょうか。

宮脇:
病棟と外来を完全に切り離さずに、外来で会った助産師が病棟でも担当する体制をとることで、伴走型支援を意図的につくっていたのだと思います。妊娠から産後まで助産師が妊産婦さんにかかわっていく形は、最近多くの病院で取り入れられています。

白石:
私も入院したところではそうでした。外来で見たことある助産師さんが、誘発分娩でしんどいときに担当してくれて、産後も「あのときは大変でしたね」と声をかけてくれたときはとてもホッとしたのを覚えています。

宮脇:
そう言っていただけると嬉しいです。実際、私のいた病院では、そうした継続的なかかわりがとても大切でした。

都内という土地柄もあり、私のいた病院ではいわゆる「高齢出産」の方やキャリアを積んでこられた方も多く、平日の母親学級への参加が難しい方や、出産ギリギリまで仕事を続けられる方もいらっしゃいました。人によって様々あるニーズを聞き取りそれぞれ柔軟にサポートさせていただいていました。

「みんな同じことで悩んでいる」カメラを引いてマクロな視点へ

白石:
そうした臨床現場での経験を経て、その後大学院に進学されていますが、なにかきっかけがあったんでしょうか。

宮脇:
働いている中で、なんとなくもどかしく思っていたことが2つありました。1つは、入院中のお母さんたちが、みんな同じようなことで悩み、同じような質問をいただいていたことです。「赤ちゃんが泣き止まないんですが、どうしたらいいですか」という質問もあれば、「赤ちゃんが起きないんですけど、どうしたらいいですか」という相談をいただくこともありました。毎日起こるいろんなことへのたくさんの疑問や心配を皆さん同じように抱えていて、「自分はうまくできてないんじゃないか」と話される方も多くいらっしゃいました。

妊娠・出産・育児に不安や心配があることは仕方がないことなんですけど、みなさんの問いが重なっている様子を見ると、もしかしたら妊娠中からの情報提供が足りていなかったのかなと思ったんです。私は産科病棟で勤務していたので、主には出産や産後のケアの中で退院後に困らないよう必要なことをお話しするようにしているのですが、みんな同じような悩みがあるなら、集団的にアプローチする方法があるんじゃないかと思ったのが1つでした。

白石:
もう1つはなんだったんですか。

宮脇:
私がいた病院には患者さん、妊産婦さんとして海外の方もたくさんいたんです。その方たちは、自分の家族を迎えることにとても主体的で「自分の体のことだから自分で決めたい」「こういう情報を聞いたけれど、私の場合はどうなのか」と、積極的に質問されることが印象的でした。

一方で、「バースプランを書いてみてください」とお話すると、日本のお母さんたちからは「お任せしたいです」という声が多く聞かれた印象がありました。「どんなお産がしたいのかわからない」「妊婦になって今までの自分となにが違うのか難しい」とよく言われたんです。

もしかすると、受けてきた情報や環境、文化的背景が影響しているのかもしれない……とぼんやり考えていたとき、先輩から「勉強し直すという方法もあるよ」と助言をいただきました。個別の情報を集団として統合し、マクロな視点で見たときになにが見えてくるのか。1対1のケアからカメラを引いて俯瞰的に見られるようになりたい――そう思って大学院への進学を決めました。

「生きるのに必死だった」アメリカでの大学院生活

白石:
それで選んだ進学先が、アメリカの公衆衛生大学院だったんですね。

宮脇:
海外のほうが公衆衛生学の歴史が長いので学べることも多いのではないかと思ったのと、臨床で出会った海外のお母さんたちの文化的な背景にも興味があったので。

本当に恥ずかしいんですけど、1人で新しい環境に飛び込んだので、当時は生きるのに必死でしたし、毎日のようにアウトプットが求められ、何百ページもの課題を明日までに読むというのが当たり前で、1年ぐらいは一生懸命でした。2年目からは疫学や生物統計学などの専門科目を専攻し卒業論文を書くなど、個別のケースを集団として統合し、マクロな視点で分析する力を身につけました。

白石:
その後、そのままアメリカに残ったり、元の職場に戻ったりする選択肢はあったんでしょうか。

宮脇:
卒業後、1年間は大学に残って研究員として過ごしながら、将来のことを考えていました。アメリカに残ることも考えましたが、いろんな人の話を聞くうちに日本に戻りたい気持ちが強くなりました。疑問を持つきっかけは日本での臨床経験だったので。ちょうどそのとき学生時代から少し興味があった日本看護協会の募集があったので門を叩きチャレンジすることにしました。

「もう全部がギャップ」新しいフィールドでの挑戦

白石:
実際に看護協会で働かれるようになって、イメージとのギャップはありましたか。

宮脇:
もう全部、ギャップしかなかったです。私は公衆衛生の勉強をしたとはいえ、日本で臨床で勤務していた時には国家資格である看護職にかかわる法律や制度について、どこまでがルール化されていて、どこがそうでないのか、細かく考える機会はなかなかなかったんですよね。

それをまず勉強しました。本当に恥ずかしいんですけど、保助看法になにが書いてあるかというところから始めました。他にも例えば、医療安全に関連することとして、なにが法律で決まっていて、なにがガイドラインで決まっているのか、ルールの種類を理解して整理することから始めました。政策にかかわる上で、法令にかかわる知識を身につけることがはじめに一番頑張った部分です。

もう1つは、看護協会では公表資料を通じで情報発信する機会が多く、正確な文章で伝えることが求められます。記録以外に人に伝わる文章を書くことは臨床ではあまりなかったので今もトレーニング中です。自分が書いたものが世に出ていくとなると、「てにをは」1つで意味が変わるので、一文一文を気にしながら書く。そういった仕事はやっぱり臨床とはまた違った難しさがあるなと思います。

白石:
政策や法律などを理解するのは大変ですよね。勉強の仕方というのは、なにか工夫されたことはありますか。

宮脇:
たとえば、法律や制度ができるまでの流れも含めて、先輩に教えていただきました。新しい制度を作ったり、今の制度を見直す時には、まず課題が提起され、関係者が集まり議論する検討会が開かれます。看護協会の役員などもそこに参画し、看護の立場から意見を述べています。

検討会の議事録は厚生労働省や文部科学省のWebサイトで公開されていて、誰でも閲覧できるので、それを見ると、どういう議論で政策につながったのか、なにが課題とされたのかがわかってきます。記録からこれまでの経緯を情報収集し、先輩方からも背景などを聞いたりして、その後の検討材料にします。

看護協会としては、こうした検討会を通じた国への働きかけと、協会独自の事業、両方のアプローチで政策実現を目指しているんです。

政策の現場で考えること――「看護協会ってなにをしているの?」

白石:
若い看護師さんの中には、看護協会が具体的になにをしているのかわからないという声もあります。実は看護協会が頑張って作り上げたものなんだよ、というわかりやすい例はありますか。

宮脇:
その感覚はすごくわかります。私も実際臨床にいたときにはそうだったので。

自分自身は、直近では、安心・安全な出産環境の整備に向けて、産科混合病棟における産科区域の特定や、分娩時に助産師が常時産婦のケアに集中できる体制の整備、院内助産や助産師外来をはじめとした助産師の専門性の発揮等を一層推進できるようにするための取り組みを担当していました。

具体的な政策活動については、本会公式ホームページにも掲載しているのでぜひご覧いただきたいです(https://www.nurse.or.jp/nursing/policy/index.html

看護職の皆さんからのさまざまな声は私たちにも届いているので、SNSや公式ホームページ、協会ニュースなどの広報媒体を通じてもっとプロセスを見せる発信が必要なんじゃないかという話は中でもしています。特に若手の方はイメージがつかないのは本当にそうだと思うし、今回のインタビューでもこうしてお話しする機会をいただき感謝しています。

「手に取るようにわかる」ポーカーフェイスじゃなかった私

白石:
ありがとうございます。ここからは少し趣向を変えて、質問のカードを選んでもらうというのがありまして。この中から1枚選んでいただけますか。

宮脇:
真ん中ぐらいでお願いします。

白石:
これですね。「助産師の友達や同僚から、どんな人だと言われますか?」

宮脇:
改めて聞かれると難しいですね。あまり言われたことないかもしれません……。あ、でも先輩には「考えていることがわかりやすいね」と言われたことがあります。自分ではポーカーフェイスだと思っていたので意外だったのですが。それ以来、相手に余計な心配をかけないよう、伝え方を少し意識するようになりました。

自分ではあまり気づいていなかったのですが、わからないことがあると「どういうことだろう?」と考えていることが表情に出てしまうことがあるようです。

ただ、認識のずれがないように、わからないことをそのままにするよりは「こういう理解であっていますか?」と確認したり質問したりするなど、気になることは早めに相談するようにしています。

うれしいことや楽しいことはシェアできたらいいなと思っています。一方で、難しい場面ほど伝え方を大切にできるといいなと思います。

白石:
ありがとうございます。もう1枚質問カードいっちゃってもいいですか。

宮脇:
真ん中ぐらいので、お任せします。

白石:
じゃあこれ。ちょっと究極の質問が来ちゃったかもしれない……。 「看護師の仕事をひとことであらわすなら」です。助産師の仕事でもいいです。

宮脇:
一言で表現するのは難しいですよね。でも、その人の生き方や暮らしを支える伴走者なのかなと思います。

看護協会では「生活と医療の両方の視点からその人を支える」とよく言っていますが、本当にその通りで。病気かどうかではなく、その人が大事にしたいことを尊重しながら、一緒に歩んでいく。代わりになることはできないけど、ベストな選択を一緒にできる存在であるといいなと思います。

「病院を拠点にして地域に出ていく」広がる助産師の役割

白石:
助産師として「伴走者」でいられる期間は、妊娠・出産という限られた場面になりがちです。その中で伴走者としてできることについて、宮脇さんが現場で働いていたとき意識していたこと、あるいは今だからこそやりたいと思っていることはありますか。

宮脇:
現場では病院に所属しながら、地域につなぐ形で助産師のバトンをつないでいましたが……今、そうした働き方をさらに発展させる方策が検討されています。

助産師が病院に就職しても、病院を拠点にしながら地域にも出ていく――そんな働き方を進めようと、例えば、すでに、市立病院に勤務している助産師が市町村の母子手帳を交付する部署にも勤務しお渡しの際にお話しする機会をもったり、妊婦健診や産前のクラスを担当したり、学校で命の授業の講師を務めたりしている地域もあるようです。

妊娠・出産・産後ケアはもちろん、プレコンセプションケア(妊娠に備えた体づくり)を企業で実施しているケースもあります。更年期外来など、さまざまなフィールドに助産師が出ていく。かかわる助産師が同じ人とは限りませんが、「自分の街のどこに行けば助産師に会えるのか」がわかる――そんな街づくりができるといいなと思っています。

白石:
なるほど、確かに。プレコンセプションケア、チェックしたりしていました。そっか、小学校の授業や更年期障害とかもかかわってくるんですね。

宮脇:
そうですね。助産師は出産に限らず女性の生涯を支える役割があります。最近は男性や家族も含めて支えるし、男性の産後うつにも取り組みも必要とされています。

ただ、なにかあったら助産師さんに相談しようと一番に思ってもらえるかというと、難しいところもあるかもしれない。実際どこに行けば、どんな手段で相談できるのか、これがすぐ浮かぶ地域がどのくらいあるのかは課題ですが、今後広げられるといいなと思っています。

「心が動くところに」「恵まれている星に生まれた」これまでとこれから

白石:
それでは最後の質問です。「後輩の看護師、助産師さんに伝えたいことはなんですか?」です。

宮脇:
まだそういう立場ではないので恐れ多いのですが。私がここに流れ着いたのも、直感でこれがしたいと思ったときにそれをやる、ということでした。心が動いたことを追求したいと思うこともあるし、周りのアドバイスでそうかもと思い手を伸ばしたこともあるし。どういう形であっても、自分の心が動くところに、チャレンジできる環境にいる方はチャレンジしてみると、新しい役割や機会に恵まれて視野が広がります。

一見バラバラに見えた経験が後から意味を持ってつながっていくように感じています。だから、自分の心が動くところにチャレンジしてみるといいんじゃないかなと思います。

特にそういう感覚を感じているときは、自分になにか変化が必要なときでもあるのかもしれないので、その感覚を無視しないほうがいいと思っています。環境を変えるには努力が必要で、気持ちだけではうまくいかないこともあります。ですが、ネガティブなこともポジティブなことも全部つながっていくので、楽しく看護職をやっていただけるといいなと思います。

白石:
ありがとうございます。今のお話で「他の人にアドバイスいただいて」とおっしゃっていましたが、そういえばこれまでのお話でも、いろんな方に相談されてきたエピソードがちょこちょこ出てきていて気になっていたんです。宮脇さんの場合は、どういう関係性の方に相談されていたんですか。

宮脇:
自分のことを話したり相談するのはあまり得意じゃないんですけど、表情や態度に出ているんでしょうね。行く先々で本当に人に恵まれていて、いいタイミングでいろんな先輩方や周りの方が、必ずしも毎日接する人じゃなくても、ぽっと「こういうこと考えてみない?」と話をしてくれる方が要所要所でいて、そうかもしれないなって思うんです。

もちろん直属の上司もとても素晴らしい人たちです。夜勤の落ち着いた時間や、ご飯に行ったときなどに、ふとそういう話が出てくることもありました。ただ、振り返ると相談相手は上司や先輩など、目上の方が多かったですね。

同期は病院時代からチャレンジ精神に溢れていて、今もそれぞれいろんなところで活躍しています。自分のキャリアについて考えながら働くのが当然という雰囲気で、「あなたはどう思う?」という話が自然に出てきました。特定の誰かに相談するとかは決めてなかったです。

白石:
割と周りから自然と声をかけてもらって、話せる機会に恵まれていたんですね。

宮脇:
周りがそういう雰囲気だったので、自然と「あなたはどう思ってるの?」という会話になっていたんだと思います。一定の経験を積むと、先輩たちがそうやって声をかけてくれる文化が病院にあったのかもしれません。

白石:
じゃあやっぱり、ポーカーフェイスじゃないほうがいいのかもしれないですね。

白石:
臨床から海外、そして政策の現場へと、助産師として軽やかに視点を広げてこられた宮脇さんのお話、とても刺激的でした。本日はありがとうございました。

インタビュアー・白石弓夏さんの著書

Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~

Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~
私もエールをもらった10人のストーリー


今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。 さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。

目次


◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏

発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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