ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。

ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。



ゲスト:有希
看護師として16年目。ICUを中心に、総合病院で7年、野戦病院と呼ばれるような2.5次救急の病院で4年半、心臓専門病院で2年と、集中治療領域でキャリアを積む。応援ナースを経て、一般企業でキャリアアドバイザーとして半年勤務。2024年に法人を設立し、現在は看護師のキャリア支援、医療機関の採用サポート、カウンセリング・コーチング事業を手掛ける。

インタビュアー:白石弓夏
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。

ICUからのスタート、そして苦手な心臓専門病院へ

白石:
有希さん、先々月久しぶりに再会して以来ですね。まず、これまでのご経歴を教えていただけますか。

有希:
最初は民間の総合病院のICUに配属されました。本当は緩和ケアに行きたかったんです。希望を3つ出せるということで、緩和ケアも書いたんですけど、1年目からは無理だと言われて。外科など無難なものを書いたら、まさかのICUに入ってしまうという謎のスタートでした。

そこで7年間、ICUで働きながら教育担当もやっていました。ただ、その病院は2次救急で心臓外科がなかったんです。カテーテル治療中に緊急でオペが必要になったとき、他院に転送するしかないという現状があって。その先を見たいという思いがずっとあったので、キャリアアップも考えて心臓外科のある病院に転職しました。

白石:
2つ目の病院はどんなところだったんですか。

有希:
2次救急の病院ですが、2.5次というのかほぼ3次に近いような総合病院でした。救急を断らない野戦病院みたいなところで、年間救急車台数が1万台以上だったかな。最初はHCUに2年、その後ICUに移って、トータル4年半いました。そこで心臓外科まで全部学ばせてもらって、すごい先生方にも出会えて、集中治療を深く勉強できました。中途のフォローなどもやらせてもらいました。

その後ですね、実は心臓の領域が苦手だったんです。もう少し得意になりたいと思って、3つ目は心臓専門の病院のICUに2年勤務しました。

白石:
苦手なのに、わざわざ専門病院で修行しようと思ったんですね。私だったら苦手なことは避けたくなっちゃいそうですけど、そのときはどんなことを考えていたんですか。

有希:
やっぱり心臓がわかっていたほうが、全身管理するときにもっと動けたなということが結構あったんです。心臓専門で強かった先輩を見ていると、めちゃめちゃ動ける方が多かったので。自分もその苦手を埋めたらもっと動けるんじゃないかという自分の可能性を感じていました。

あとドMなのか(笑)、修行する環境にいたほうが自分が緩まないだろうと思って、あえて苦手な環境に飛び込みました。

白石:
ドM(笑)。苦手というのは、どういう意味での苦手だったんですか。

有希:
動けないっていうか、最低限のことはわかるんですけど、心臓の専門の方ってすごいマニアックなんですよ。心電図読むオタクだったりとか、循環のこととか、心臓の機能とか、本当にマニアックなことを言うんです。そこの域まで、専門家みたいなレベルまで行ったら、もうちょっと楽しいかなと。知識をもっと深めたいというのが強かったです。自分はまだまだ浅いなみたいな感じでした。

白石:
10年近くやっていても、そう感じるものなんですね。

有希:
感じました。実際、3つ目の病院に行ったときに、専門病院なのでお姉さん方が多いんですよ。言い方は悪いですがお局さんが多くて。自分が10年以上の経験があっても、赤ちゃんみたいに扱われるんです。

「そもそも心臓のことどれだけわかってるの?」って口頭試問されるんですよ。自分が今までずっと使っていた機械を見ても、「この機械ちゃんと使ったことあるの?全部説明してみて」って言われたり。すごい洗礼を受けました。やっぱり専門病院ってこういうところなんだなってすごく思いましたし、答えたところで「やっぱり足りない」という感じで言われました。「じゃあどこまでわかってればいいんですか?」って聞くと、めちゃくちゃ専門的なことが返ってくる。すごい環境でしたね。

スペシャリストより、人を理解したい。教育への目覚め

白石:
専門病院で2年働かれて、スペシャリスト寄りのキャリアを考えることはなかったんですか。

有希:
本当は集中治療の認定を取ろうとは思っていたんです。でも、認定を取って自分がどう活動していくか考えたときに、私はそっちじゃなくて、教育のほうが好きだったんです。人とのかかわりのほうが好きで。スペシャリストになってこの道を教えていくのは、なんか違うかもって途中で思いました。

白石:
患者さんより、スタッフの育成や病棟運営のほうに興味があったということですか。

有希:
患者さんのケアもすごく好きでしたけど、病棟の環境をよくできないのかなとか、辞めたいと思う人が続けられる方法はないのかなとか、やっぱり人が好きなんです。なんでそう思っちゃうのかなってすごく興味があったので、そこを改善していったら辞めないで済む人もいるし、結局辞めないことで人材も確保できる。そっちのほうに目が行っちゃったんです。

実際、教育担当をやっていたので、後輩から転職の話を聞かれたり、辞めたいって相談を受けることも多くて。メンタルを結構病んじゃって、辞めそうな子のフォローにつくこともありました。離職予防のために、その子に付き添ったりとか、看護部の人とも話したりとか、そういうこともしていました。

環境を人のせいにしない。2年目から始めた自己分析

白石:
後輩のフォローをされていたとのことですが、そういった経験が今のお仕事にも繋がっているんですか。

有希:
そうですね。実は当時から、副業でカウンセリングやコーチングもやっていたんです。

白石:
副業で。それはいつ頃から始められたんですか。

有希:
お仕事としてちゃんとやったのが、看護師7~8年目くらいですね。きっかけとしては自己分析から入ったんです。自分がなんでこういう風に考えるんだろうとか、キャリアを考えていくときに、自分を知っていないとなにもできないなと思って。自分の強みや弱みがわかっていないと生きづらいなと感じたので、その分野の勉強を始めました。その勉強をやっていくうちに相談を受けることが増えて、アドバイスしていくうちに、だんだんお仕事になっていきました。

白石:
相談を受けることが増えていったんですね。

有希:
そうなんです。あと、ここで怪しいこと言ってもいいですか(笑)。実は私、占い師もやっているんですよ。

白石:
占い!実はめちゃくちゃ気になっていました(笑)。

有希:
東洋の占術って、生年月日などをもとに、その人の性質や傾向、運気の流れなどを見ていくものなんです。その人の本質はこういうもので、でも今こういう風に生きているのは、こういう選択をしたからという分析ができたり、いつどう決断するといいかを見ながらアドバイスできる。自分もそれを活かしていたので、カウンセリングやコーチングと両軸でやっていました。とにかく人を理解したいという思いが強かったんです。

白石:
占いの勉強はいつから始めたんですか。

有希:
新卒2年目くらいからずっとしていました。1年目は必死じゃないですか。とりあえずあれも覚えなきゃ、これも覚えなきゃってやっていて、2年目になったときも余裕はなかったんですけど、どう人生生きていったらいいかなとか、そういう風に考えてしまって。

やっぱり自分の分析も必要だし、自分ってどういうタイミングで動いていくといいのかなとか、運がいい悪いってなんだろうとか、そういうほうにも興味を持ってしまって。とにかく自分を知っていく環境を作りたかったんです。今の環境を人のせいにしない考えに持っていきたかった、自分が全部選択できるってほうに持っていきたかった。

人のせいにするじゃないですか。環境が変えられないから自分はできないみたいな。そうじゃなくて、自分はどういう風に生きていきたいんだというのを明確にするために、そっちの勉強もしました。

白石:
なんで若いときからそういうことを考えていたんでしょう。私なんて、その頃は毎日楽しければいいやみたいな感じだったなって。

有希:
昔からちょっと頭がおかしかったのかなというところはありますね(笑)。ちょっと俯瞰的に見るのが好きだったんです。小学校の頃から同級生の中にいても、なんでこんな勉強してるのかな、なんでみんな一緒にやってるんだろう。個別に合ったことをやればもっと伸びるのに、なぜみんな同じスタートラインなんだみたいなことをずっと思っている嫌な子どもだったので。

白石:
そういう視点を持っていたんですね。ちなみに占い師って、どんな相談を受けることが多いんですか。

有希:
結構なとんでも案件はいっぱいあります。色恋から、キャリアから、人間関係から。やっぱり人に、友達に言えないこととかをお話してくださるので、人間関係でも職場でもかなり追い詰められた話とかはよくいただきます。つらすぎてどうしていいかわからない、プラス自分の考えすらわからないみたいな方が多いですね。とにかく、とにかく今をどうにかしたいみたいな。

おかげさまで自分もいろいろ経験したのもあるんですけど、なにを言われても驚かなくはなりました。キャリアの相談のついでに人生相談にもなったりしますね。

内部から変えられないなら、外から。起業という選択

白石:
専門病院で2年働かれた後は、どうされたんですか。

有希:
常勤としてはその3つ目の病院までで、その後に応援ナースを1年くらいやりました。ICUメインでずっとやらせてもらって、2つの病院を経験しました。非常勤の働き方もすごく合っていましたね。キャリアを積んでいればどこの病院でも通用するなというのも試したかったので、それも実際通用したなというのを自分で検証できたので楽しかったです。

でも、やっぱりやっていくうちに、看護師として病院だけで働くというのは厳しいのかなという現状もあったし、やっぱり病院外のことを知らないというのもすごくあったので。後輩たちも結構みんな辞めたいって言うんですけど、次どこに行くかわからない、病院に転職するしかないみたいなことがあったので、どうにか退職や転職に関して力になれないかなとモヤモヤしていました。

それで一般企業に転職して、キャリアアドバイザーを半年ほどやらせてもらって、看護師さんの転職のサポートをさせてもらい、現在の起業に至ります。

白石:
そこからなぜ起業に?

有希:
自分自身、内部からなかなか変えられないなというモヤモヤを持っていたんです。常勤だと働き方が縛られるし、キャリア的にお給料の上限も見えてきてしまう。もう少し自由に働きたいというのと、副業でカウンセリングもやっていたので、看護師と他の仕事をもっと自由にやりたいなと思っていました。

キャリアアドバイザーをやった結果、自分が現役看護師でいることで、もっと現場のことをわかりながら転職サポートができるんじゃないかと思ったんです。カウンセリングやコーチングも組み合わせて、キャリアの選択肢を広げたり、人生そのものをもっと良くするお手伝いができないかなと思いました。

それで2024年に法人を設立しました。今はキャリアアドバイザーの仕事だったり、医療機関の採用のお手伝い、個人的なカウンセリング・コーチングをさせてもらっています。

今思えば心臓だった。人生を変えた出会い

白石:
それでは、ここで質問のカードを引いていただきたいんですけど、この中から好きなものを選んでください。

有希:
じゃあ、右から7番目でお願いします。

白石:
「最も影響を受けた人は誰ですか」ですね。有希さん、人に興味関心があるから、めちゃくちゃ気になります。

有希:
いや、これ難しい。何人かいるんですけど……。間違いなくその方に影響を受けただろうなという方がいまして。

一人目は、高校の担任の先生なんですよ。私が看護師になりたいということを知っていて、いろんな看護学校を調べてくれて、「こういうのがいいんじゃないか」ってすごく相談に乗ってくれました。プラス、私がちょっとメンタルを病む時期があったんですね。そのときにすごく寄り添ってくれて。高校の終業式とかあるじゃないですか。そういうのをよく欠席して、保健室にいたんです。そのときにわざわざ保健室に来てくれて、副担任にクラスを任せて、最後まで一緒にいてくれた人なんですよ。

夢も応援してくれて、一緒に頑張ろうねって言ってくれた人なんですけど、ちょうど秋休みに入ったときに、心筋梗塞で亡くなってしまいまして。あ、今思えば心臓だったなって気づいたんですけど。

でも、その担任の先生が最後まですごく夢を応援してくれていたのはめちゃめちゃ大きかったので、絶対に看護師になろうってそこでさらに決めたなというのはありますね。

白石:
高校時代に、そんな出来事があったんですね。

有希:
今思えば、その方はすごく寄り添ってくれて。問題児な私でしたけど、かばってくれましたし。その人だけが唯一すごく理解してくれて、最後まで寄り添ってくれた人だなということだったので、高校時代の一番の恩師だなって思います。

やりたいことより、まず『できること』を見つける

白石:
それでは最後に、後輩の看護師さんに伝えたいことを聞かせていただけますか。

有希:
まず、自分のやりたいことがわからないっていうのは普通だと思います。やりたいことが明確にならなくても、できることを見つけてほしいです。できることって、意外と自分では得意じゃないと思っていることが多いんですよ。苦もなくできることに注目してほしい。そうすると自分に向いている適性がわかるので、できることをやっていたら楽だよねというのがあります。

白石:
若い子が自分で気づくのは難しそうですよね。

有希:
そうなんです。だから身近な人に「私のいいところ教えて」と聞いてみるといいと思います。仕事が早いとか、時間内に終わっているとか、タスク組み立てるのが上手だよねとか、たぶんいろいろ出てくるんです。それを聞いたときに、「あ、人からはこれが得意だと思われている」ということは、自分ができることなんですよね。苦もなくできること。それをベースに組み立てていくと、苦しさが減るんじゃないかなと思います。

あと、看護師だからとか、病院じゃないととか、そういう考えは取っ払ってほしいなというのもすごくあります。看護師さんって、友達も看護師が多いと思うので、どうしても視野が狭くなるんですよ。可能なら看護師以外の友達をもっといっぱい作って、いろんなところから情報を取れるような自分であってほしいなというのはすごくあります。

もう1つ大事なのは、メンタルがつらいときに頑張るのをやめてほしいということです。一番ここが難しいんですけど、自分がすり減って限界かもと思うまでやると、回復にめちゃくちゃ時間がかかるんです。無理かもと思ったら、1週間でも1か月でも、休む勇気を持ってほしいですね。

白石:
休職するときって休んでいる感覚がないというか、真面目な人ほど罪悪感を持ってしまいますよね。

有希:
そうなんですよね。でも私としては、臨床にずっといなきゃってしがみついていた人間だからこそ言えるんですけど、意外と距離を置いてもやれるなという確信があります。ちゃんと離れても戻れるよということを伝えたいです。

私の知り合いで、超急性期にいた先輩が、突然看護師を休みたくて2年休んで、またバリバリ急性期の最前線に戻っている方もいます。1年世界一周に行っちゃった人もいるので。離れたとしても戻れるし、戻れる自信を持っておく。離れたら終わりみたいに思われがちですけど、たぶん2~3年離れるくらいだったら全然臨床戻れると思います。

メンタルで休むぐらいだったら、がっつり休んだほうが回復して逆にもっと吸収できると思います。まめにちょっと休んでズルズルする子より、1回がっつり休んで回復した子のほうが評価いいんじゃないかなって私は思います。

白石:
確かに、本人の問題もそうですけど、管理職や職場の問題でもありますよね。

有希:
そうなんですよね。なので本当はそこをもっとやっていきたいなとは思ったんですけど、なかなか内部って変わらないんで。

やりたいことの原点。ケアへの想いと自己分析の大切さ

白石:
「できること」を見つけるという話がありましたが、有希さん自身は、苦手なことにもあえて挑戦されてきましたよね。心臓が苦手だったのに専門病院に行かれたり。

有希:
そうですね。やりたいこと、楽しいことをするための過程だと思うのが一番大事だと思います。今目の前でやっていることは本当に嫌だ、つらいとなることもあると思うんですけど、でもこれを乗り越えたらこういう働き方ができるとか、こういう人生を歩めると思ったら頑張れる。それが原動力でしたね。

若い方もすぐにはやりたいことが見つからないと思います。でも、苦手だからやらないじゃなくて、それをやった先になにがあるかなというのを考えるような視点を持ってほしいです。

白石:
有希さんの「やりたいこと」の原点は、どこにあったんでしょう。そもそも、なぜ看護師を目指されたんですか。

有希:
小さい頃から医療職に就くって漠然と決めていたんです。獣医さんかお医者さんかという感じだったんですけど、診断がしたいわけじゃなくて、寄り添うとか患者さんのケアをしたいというほうに強く惹かれたので看護師を選びました。

きっかけとしては、自分の親友のお父さんが30代で癌になって、緩和ケアに入ったんです。そのお父さんとも結構友達みたいな感覚で仲良かったので。緩和ケアに入ってからも、旅行に行ったり、やりたいことができて。最期は笑って亡くなったというエピソードが、ちょうど看護学校に入る前くらいにあったんです。死を前にしても、その人らしく穏やかに最期を迎えられる。そういうアプローチができるんだなと思って、だから最初、緩和ケアをやりたかったんですよね。

白石:
そうだったんですね。でも、途中で緩和ケアにキャリアチェンジするということは考えなかったんですか。

有希:
すごく悩んだんですけど、結構ずっと集中治療のところでやってきちゃったので、もう集中治療で突っ走るほうが活きるんじゃないかと振り切っちゃいました。興味がなくはないんですけど、ユニットの中でのある意味緩和ケアはできるので。急性期の中の緩和ケア、急な看取り段階のケアのほうが私はやりたいなと思いました。

白石:
その「ケアをしたい」という原点は、今も変わらないんですね。患者さんへのケアで、有希さんが大切にしていたことはありますか。

有希:
患者さんのその背景を考えるのが一番メインになっていて、どういう人生を歩んできて、どんな感じの人だったから、どういうケアをされたら嬉しいかなっていうのをベースにしながらケアをさせていただいていました。

いろんなキャリアもやっている人生豊かな先輩が多いので、その方たちにどんな言葉をかけたら嬉しいかなとか幸せかなというのを考えて。ICUだと鎮静していたり挿管していたりで、話せない方が多いんですよね。だから患者さん本人に確認できないので、きっとこれが正解とは言わないですけど、これがいいんじゃないかなというのは常に考えながらケアするという感じでした。結構、自分の考えと分析がメインになっているかもしれないです。

ただ、寄り添うって難しいと思っていて、そばにいるだけも確かに大事なんですけど、その人のためになる寄り添うことができていなかったら意味ないかなって思っちゃうんです。寄り添うの中にももうちょっと考えが必要かなと思っているので、ふわっとしたのが苦手なんです、私は。

白石:
有希さんのケアの根底にも「分析」があるんですね。先ほどお話しされていた「できること」「強み」を知ることって、すごく大事ですよね。

有希:
本当にそう思います。一般企業で転職している方は、自己分析ができていると、自分のことを会社に売り込みやすいです。採用する側も、強みや弱みがわかっていたりすると採用しやすいんです。

看護師だと、自分を分析して「これが得意で、これが苦手で、私はこういうことができます」みたいな、「私ができます」という文化があまりないんです。逆に、指導では「あれができない、これができない、これが足りないからやってこい」という文化なんですよね。

だからこそ、看護師は自己分析が必要だと思います。これから先、たぶん一般企業なり、働き方はもっと広がってくるので、「今の臨床で私はこういうこと学んできて、これができるから絶対強みです」と言えるくらいの言語化する力は絶対必要になってくると思います。

白石:
自分の人生を自分で選択していく。そのために自分を知ること、できることを見つけること、そして休む勇気を持つこと。有希さん、力強いメッセージがありがとうございました!

インタビュアー・白石弓夏さんの著書

Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~

Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう~
私もエールをもらった10人のストーリー


今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。 さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。

目次


◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏

発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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