はじめに

透析患者における身体へのイン・アウトは、おもに食事や飲水(身体に入る)と透析(身体から出す)のバランスで成り立っています。しかし、災害時には①透析が数日間受けられない、②透析回数または透析時間が減る、③透析は受けられるが、食料の不足や限られた救援物資から食事をとらなければならないことが想定され、このバランスが崩れやすくなる、などが考えられます。また室温や居住スペースが必ずしも快適に保てないこと、飲食料の目安がわかりにくいことも、このバランスを乱します。このような状況ではさまざまな目標を低めに設定する以外ありませんが、できる範囲で食事と水分・食塩を管理できるよう指導しましょう。

エネルギーの確保

災害時においてはできること、やらなければいけないことを確実に行うことが大切です。そうすると、生命の維持に必要なことは何か、それを脅かすものは何なのか、生活や透析医療の本質に戻って考えることになります。生命の維持には、とにかくエネルギーの確保が必要です。水分・食塩・カリウムなどの量が少なく、エネルギーだけを摂取できるような食品があれば理想的です。なるべくエネルギーの高いものを摂取しましょう。透析患者(腎不全患者)の生命を脅かすのは、本質的には水とカリウムですが、水イコール食塩と考えると、摂取に気をつける必要があるのは食塩とカリウムということになります。基本的には日常の生活と変わらないですが、透析の条件も限られるので、ふだんよりもさらに気をつけることが求められます。被災時の食事管理や備蓄については、JCHO仙台病院のホームページで公開されている「災害時の食事管理ガイドブック」1)などを参考にしていただければと思います。

column ~小さな災害から小さな連携を~

それぞれの地域で透析施設の災害時ネットワークがつくられていると思いますが、どのくらいの災害からネットワークを稼働させればよいのでしょうか? 筆者のいる東京都でもいくつかのブロック別にネットワークがありますが、建物が壊れるような大災害でもない限りは、「迷惑をかけるからすこし離れた同じグループの施設に頼もう」などと遠慮して、なかなかネットワーク内の近隣施設にはアプローチしにくいようです。
当院では以前に、事前の確認ミスから祝日に透析剤が不足するというトラブルが発生しました。そのときは、メーカーや納入業者も休みで連絡がとれなかったため、近隣の透析クリニックに在庫を尋ねて1 日分だけ分けてもらい、無事に透析を行うことができました。昔の長屋のような「しょう油の貸し借り」ではありませんが、ちょっとしたお願いをきっかけに日常的に顔の見える連携をしておけば、いざというときも頼みやすいと思います。コロナ禍の初期には学校や保育園が休みとなり、スタッフ不足の施設も多かったのですが、そういうときに施設間で患者やスタッフの一時的なやりとりができれば、負担が軽減できて安心して休んだり働いたりできると思います。もちろんふだん患者を取り合っている施設に企業秘密を見られたくないということもありますが、いまの時代であれば、ほかの施設のよいところを取り入れることができる、ほかの施設の視点で業務を見直せるというメリットがあると解釈してほしいと思います。

【引用・参考文献】
1)JCHO仙台病院.災害時の食事管理ガイドブック:透析療法を受けている皆さんへ,(https://sendai.jcho.go.jp/wp-content/uploads/2016/12/guidebook.pdf,2022年9月閲覧).

2)東京都福祉保健局.災害時における透析医療活動マニュアル(令和3年5月改訂版),(https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/r305_saigaitousekimanual_1_mokuji,2022年9月閲覧).


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菅野義彦
東京医科大学腎臓内科学分野主任教授/東京医科大学病院副院長

透析と移植の医療・看護専門誌

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