みなさん、こんにちは。
今回は、吸入療法装置の最終回になりますが、今回は吸入装置のことではなく、吸入療法の効果について考えてみます。

気管切開をされている医療的ケア児の患者さんは、分泌物が硬化する、分泌物が吸引できない、肺雑音がきれいにならない、分泌物が詰まってSpO2が低下するなど、満足できる吸引ができないことに悩まされることが多いのではないでしょうか。

気管切開のみで人工呼吸器を使用していない患者さんの場合には、吸入療法がそれなりに効果的に作用することがあります。
これは、自力で咳ができるからでしょう。
自力で咳をしたりうまく痰が出せなかったりして、効果が十分でないと、カフマシーンのような排痰補助装置の併用を考えるわけです。ただ、排痰補助装置は人工呼吸器を使用していないと、診療報酬の排痰補助装置加算で貸し出すことができません。

排痰補助装置は、NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)の導入を考えないといけない進行性の神経筋疾患の患者さんに使用するのが効果的です。排痰補助装置を使用することで、進行を遅らせ、NPPVの導入を遅らせることにも繋がります。
しかし、このような患者さんの在宅医療において、排痰補助装置が診療報酬で貸し出すことができないので、残念に感じています。
また、気管切開をしていて人工呼吸器を使用していない患者さんでも、排痰補助装置は効果的に働くのではないかと考えています。

……ちょっと吸入療法装置と話がずれてしまい、すみません。
吸入療法装置の話に戻りましょう。

気管切開をして人工呼吸器を使用している患者さんで、分泌物が引けなくて、うまく分泌物管理ができないという状況になると、「吸入療法をしていきましょう。まずは1日に2回くらい生理食塩水で加湿してみましょう」と、医師から指示が出ることがあります。
しかし、吸入療法による加湿を始めても一時的な効果で、満足できる分泌物管理ができません。
そうすると、医師から、「吸入回数を増やしましょう」ということが提案されます。
そして、吸入回数を増やしても十分な効果がないと、「排痰補助装置を導入しましょう」ということになります。
しかし、ご家族からは排痰補助装置を使用して、とても効果があったという声はまれに聞くことはありますが、ほとんどのご家族からは、「あまり効果がない」「苦しくてかわいそう」という声が多く聞かれます。

排痰補助装置は、咳の代わりをさせる装置であり、分泌物を柔らかくする装置ではないからです。
ですから、排痰補助装置を使用する前には吸入療法を行うことが基本となるのです。


吸入療法を始めたら、回数が増えるばかりで、やめられることはありません。
医療者は吸入療法をすれば分泌物が引けるという吸入療法神話にとりつかれ、家族は、吸入療法をしなかったら、体調が悪くなるというイメージが強くなる、“吸入療法シンドローム”に罹ってしまうのです。



さて、気管切開をしていて人工呼吸器を使用されている患者さんに使用する医療機器の重要度の順を考えていきましょう。

一般のイメージ(医療者も含めて)
人工呼吸器>吸入療法>排痰補助装置>加温加湿器>吸引器
と考えているように感じます。

筆者の考える重要度
加温加湿器>吸引器>人工呼吸器>吸入療法>排痰補助装置
です。

在宅人工呼吸療法において、
「分泌物管理なくして呼吸管理なし!」
です。


吸入療法や排痰補助装置は、分泌物の硬化に対して使用する装置です。
しかし、入院中には、吸入療法も排痰補助装置も使用していなかった患者さんが、在宅医療を始めたことで、分泌物管理がうまくできなくなり、吸入療法や排痰補助装置の使用が開始されます。

基本的な考えは、人工呼吸器を使用しているときに、正常な分泌物の状態を維持すること! なのです。
人工呼吸を使用している間に適した分泌物管理ができていないから、これを補助するようにしかたなく吸入療法や排痰補助装置が使用されるのです。


まずは、人工呼吸器使用中にいかに正常な分泌物を維持するかが大事ですので、筆者は、加温加湿器がいちばん重要なアイテムだと考えています。
その結果として、筆者は、気管切開で人工呼吸管理を行っている患者さんに、吸入療法や排痰補助装置を使用したことはありません。

患者さんに適した加温加湿器を選択し、患者さんに適した設定に調節することが重要なのです。

加温加湿器で排痰できた患者さんの一例

筋疾患の患者さんが風邪に罹患し、呼吸が苦しいと入院してきました。
ICUで、持続吸入のホースを口に近づけたまま、怖いから離したくないと言って座位のまま一晩を過ごしました。
分泌物は上気道にあるものの強い咳ができないため、出すことができません。
大量の水分が気道に届いているものの、サラサラとした水分しか出すことができません。
そこで、NPPVによる呼吸補助と加温・加湿したガスによる分泌物の軟化をすすめました。
患者さんは、なかなかNPPVを了承してくれませんでしたが、説得してNPPVの装着にこじつけました。
座位によるNPPVの装着から始めました。
すると、なんと5分後に、自力で排痰ができたのです!
排痰には大量の水分は必要なく、加温加湿器で作られた微量のH2Oの分子が必要だったのです。

加温加湿器の重要性

H2Oの分子を気道や肺に送れるのは吸入療法ではなく、人工呼吸器といっしょに使用される加温加湿器なのです。

分泌物が硬化する原因は、分泌物からH2Oの分子が奪われるからです。
よって、分泌物を柔らかくするにはH2Oの分子を、適正に気道や肺に届けることが大事なのです。

分泌物が硬化したときに使用される吸入療法は、分泌物を柔らかくするのではなく、多量の水分を気道に送り、その水分で分泌物を洗い流しながら吸引していると考えています。

加湿目的の吸入療法は、基本的に効果はありません。
かといって、吸入療法を否定するつもりはありません。
気道や肺を正常に維持するための薬物療法として、薬物の効果を期待して行うことは良いと思います。


今回は、吸入療法のまとめとして、筆者の考える分泌物管理における医療機器の重要性について説明しました。
今回で、吸入療法装置の選びかたは終了となります。
次回をお楽しみに!



新型コロナ病棟ナース戦記

松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。小児専門病院で35年間働き、出産から新生児、急性期、 慢性期、在宅、ターミナル期すべての子どもに関わった経験をもつ臨床工学技 士。メディカ出版のセミナー講師も務め『完全版 新生児・小児のME機器サポー トブック』などの著書がある。KIDS CE ADVISORYのHPは▶医療コンサルタント | Kids Ce Advisory

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